55 魔大陸ってどんなところ?
「いいぞ」
そう言われて、ふと、リリムちゃんをマーム商会から助け出すときも結界を使えばよかったのに、と思い至った。どのみち、結界があっても、あの連中に見つかっていたのだけど、なんとなく、ね。
「とうさま。元暗部の力を使って、攫われた子供達の情報を集めてほしいの。お願い」
「わかっている。それ以外に、情報を集める手段はないだろう」
「暗部ってなんだ?」
レイヴが不思議そうな顔をしている。
「暗部っていうのは、国の影となって、裏で様々な諜報活動を行ったり、暗殺を行う組織のこと。とうさまはル・スウェル国の暗部だったの。だから、情報を集めるのは得意なのよ」
とうさま1人に任せるのは心配だけど、それはとうさまの能力を侮っているからじゃなく、とうさま1人を危険に晒すことになる申し訳なさからくるもので………安全な場所で待っているだけなのが悪いなぁ、という気持ちからくるものだ。
オ・フェリス国にいた頃、とうさまは時々、仕事の依頼を受けて家を留守にすることがあった。あの頃は、ただ待っているのがつらくて、わざと忙しくして過ごしていた。おかげで、とうさまが帰って来たときには疲れてふらふらだったりしたのだけど。それは、いまでは懐かしい思い出となっている。
だけど、危険な仕事をとうさまに任せて待つだけというのは落ち着かない。体を動かしたくなる。
とうさまを見送ったあとで、無性に運動したくなった。走ったり、剣の練習をしたり、なんでもいいから体を動かしたくなった。
「セシル、大丈夫か?」
「う、うん。気にしないで」
レイヴが心配してくれたけれど、適当に誤魔化した。たぶん、誤魔化し切れてないと思うけれど、それ以上レイヴは聞いてこなかった。ありがたい。
だって、おとなしく待つこともできないなんて恥ずかしい。
そんなの、小さい子供みたいでしょ。
わたしは、もう11歳だよ?
親を待つくらいできるよ。ふふんっ。
「そうだ。魔大陸ってどんなところなの?教えて」
宿屋の壁が薄いので、声が部屋の外に漏れないよう小声で話しかけた。
レイヴが自分が座っているベッドの隣をぽんぽん叩いたので、そこへ座る。距離が近いほうが、声が聞こえやすいもんね。
「魔大陸は、東西南北の4か所にわかれている。それぞれ魔王が支配していて、俺が行って来たのは西の魔王領だ。魔王の名前はパーシヴァル。西の魔王が治める王都はエングレイドと言って、そこにセシルの装備を鍛えてくれたケンデルっていうドワーフがいるんだ」
「その西の魔王に、レイヴは会ったことがあるの?」
「いや。俺はないが、父さんは挨拶に行ったことがあるぞ。4人の魔王の中では2番目の実力で、威厳はあるが部下を大事にされるお優しい方だ」
「へぇ~。魔王の中でも、上下があるの?」
「あ、違う、そうじゃない。強さはそれぞれだが、魔王という立場では平等だ。どの魔王も同じく尊重されているぞ」
「なるほど。魔王達の間で均衡が取れているのね。すごいわ」
魔大陸は魔王を含めて力比べに明け暮れているイメージだったから、びっくりだわ。人間の大陸と同じ………いいえ、それ以上に国同士の均衡が取れているのかもしれない。
「魔族は実力社会だ。獣人も、魔物も強い者には従う。だから強さの頂点にいる魔王には、自然に従うんだ」
「魔王に家族はいるの?」
「いや。魔王ともなると長命だから、子孫を残す必要がない。愛人はいるだろうが、魔王に家族がいるなんて聞いたことないな」
「それって、寂しくないのかな?」
「さぁ?俺は、セシルに俺達の子供を産んでほしいけどな」
「なっ、なっ、なに言って!」
突然、話がおかしな方向に変わって動揺した。
「俺は真剣だよ。セシルには俺の妻になって、子供を産んでほしい」
「馬鹿なこと言わないで!そんなことできるわけないでしょう!」
「愛があれば大丈夫。俺を信じて」
「!!」
レイヴの目は澄んでいる。心からの言葉だということはわかる。
わかるけど………そんなのだめ。もしレイヴが獣人だったら、話は違っていたけれど、レイヴはドラゴンだもの。友達として付き合うには問題ないけれど、結婚して子供を産むなんてとんでもない。だって考えてみて。ドラゴンは卵生なのよ。どうやってドラゴンの卵を産むっていうの!
「絶対に無理!レイヴとは結婚しません!付き合うのもだめ!」
立ち上がり、レイヴを見下ろす形で宣言した。
レイヴはにこにこと笑顔のまま、楽しそうにわたしを見上げている。
「セシルの気が変わるまで、俺はいつまでも待つよ。俺は寿命が長いからな」
知ってる。そのために、お父さんから100年好きに過ごしていいと許可をもらったんだものね。
いつかは、結婚するのだと思う。でも、相手は決してドラゴンじゃないわ。
相手は人間か、もしくは獣人がいい。見た目の問題もあるし、寿命も近い方がいいに決まってる。




