47 好き?
「どうして、そんな大事なことを黙ってたのよ!」
族長の息子ということは、次の族長でしょう?レッドドラゴンの一族を率いて、一族を守り繁栄させるという仕事があるでしょう?わたしなんかを追いまわしていないで、一族のことを考えるべきだよ。
「え、どうかしたか?」
レイヴは、わけがわからない、という顔をしている。
「族長の息子なら、こんなところにいたらだめでしょう!ふらふらと遊びまわってないで、里をしっかり守りなさいよ。一族を守り導く義務があるでしょ」
「あぁ、それなら大丈夫。里の皆に迷惑をかけなきゃ、俺は自由にしていいんだ。さっき父さんが言っていただろ。100年、自由に行動する許可を与えたって。それに、だ。元々、俺は修行の旅の途中だったからな。里に戻らなくていいんだ」
「と、いうわけだ。セシルよ、安心して息子と夫婦になるがいい」
なにひとつ、安心できる要素がない。ヴォルガナは親馬鹿だし、レイヴは恋してると思い込んでるし、おまけにレイヴは好きにしていいと許可までもらった。暴走しても、止めてくれる人がいない。
そもそも、ドラゴンは誇り高い種族なんじゃなかったの?こんな甘くて大丈夫なの?
「セシル………俺が嫌いか?触れるのも嫌か?」
レイヴは切ない表情をしている。
レイヴが傷ついた表情をしていると、わたしもつらくなる。なんでだろう。
「俺はセシルが好きだ。セシルが大人になっても、年老いてよぼよぼのばーさんになっても、いつまでもそばにいたい。セシルの寿命が尽きるとき、俺が看取りたい」
「え………」
わたしの死を看取りたい?そこまで考えてくれていたの?嬉しい………のかな。自分の気持ちがわからない。
「ええと。レイヴは………嫌いじゃない」
「うん」
「触られるのも………嫌いじゃないよ」
「うん」
「………でも、好きかどうかわからないの」
「わかった。今はそれでいい。ずっと傍にいるから、いつか好きになってくれ」
胸が苦しい。うずくまって、泣いてしまった。
とうさまが抱き締めてくれて、その胸で泣いたけれど、とうさまにも申し訳ない気持ちになった。わたしはどうしてしまったんだろう?
しばらく泣き続け、泣き疲れてぐったりしたところを、とうさまに抱きかかえられた。
「セシル、わしらはおまえが気に入った。いつか、わしらの娘になる日を待っているぞ」
そう言って、ヴォルガナとアイシットは去って行った。
すっかり疲れてしまったので、宿屋に戻ると、まだ日が高いうちからベッドに潜り込んだ。
次に目が覚めたのは、朝になってからだった。
「おはよう、セシル」
目の前に、レイヴのドアップが飛び込んできた。もう少しでキスをしてしまいそうなほど近い。
「いてっ」
思わず顔にパンチしていた。
「なにするんだよ」
「それはこっちの台詞よ!どいて、顔洗って来るから」
レイヴを押しのけて、ベッドを降りる。
あぁ、顔が熱い。本当にどうしてしまったんだろう。レイヴはただの友達なのに。
中庭に行くと、とうさまがいた。そういえば、部屋にいなかったと今更ながらに気づいた。
「とうさま、おはよう」
「おはよう、セシル。よく眠れたみたいだな」
「うん。寝すぎちゃった」
夕食も食べずに朝まで眠ったのは初めてだ。おかげでお腹が空いている。
ぐう~っ
お腹がなってしまった。
「あははっ」
ここは笑うしかない。恥ずかしい。
「朝食まで、まだ時間がある。これを食べなさい」
そう言ってとうさまはマジックバックからリンゴをひとつ出し、わたしの手に握らせてくれた。
水魔法で洗い、その赤い実にかぶりつく。とても美味しかった。美味しい物を食べると、自然と笑顔になる。
「元気が出たようでよかった」
とうさまが笑顔を浮かべている。珍しい。
「………心配してくれて、ありがとう」
こういうときは、お礼を言うものよね?
昨日は、久しぶりに泣いた。それはもう、涙が枯れるんじゃないかと思うくらい泣いた。でも、自分でもどうして泣いたのかわからない。
「セシルも、いつかは大人になる。だが、今は子供だ。子供は親に甘える権利を持っている。甘えられるうちに、いくらでも甘えなさい」
とうさまが、わたしの頭を優しく撫でてくれた。くすぐったい。
「そういえば、レイヴが持って来た装備は見たか?見事だったぞ」
「え、あーっ!すっかり忘れてた………」
昨日は装備を見る元気もなく寝てしまったし、さっきはレイヴを殴って部屋を飛び出してしまった。せっかくレイヴが用意してくれた誕生日プレゼントなのに、すっかり忘れていた。レイヴに悪いことしたかな?
「………旅に出て1年経ったことだし、一旦、オ・フェリス国へ帰るか?」
「うん………うん、それもいいかもしれない」
オ・フェリス国は、わたしに10年過ごした地であり、懐かしい故郷だ。南北に長く、王都は北の地にある。王都は、冬は雪と氷に閉ざされる芸術の都だ。あたりまえに獣人が暮らす、中立国でもある。そこにわたしは、大切なものを置いてきた。今、帰るのはいいかもしれない。




