41 ハッピーバースデー
戻って来ました、グ・ランヴィル国の王都。
ちょうどドワーフの里で、レイヴの剣が完成している頃だ。今日の乗合馬車はすでに出発していたので、ちょっといい宿屋に泊まる。例の、お風呂が半身浴しかできないのに高額な入浴料を取る宿屋だ。
「あ………」
ベッドに入っているときに、ふと思い出して声が漏れた。
「どうした?」
上のベッドからレイヴが声をかけてくる。
「今日、わたしの誕生日なの。今日で11歳になったのよ」
「「ええ!」」
そんなに驚くようなことでもない。誕生日は、誰にでも等しくやってくる。貴族でも、浮浪児でも関係なく。
それにわたしは、小さいころから誕生日プレゼントを欲しがらない子供だった。必要な物があれば、その都度とうさまが与えてくれたからだ。だから今も、なにか欲しくて言ったわけじゃない。ただ単に、11歳になったという報告をしたにすぎない。
「…忘れていた」
とうさまは向かいのベッドに腰かけているので、呆然とした様子が手に取るようにわかる。
「なにか、お祝いをしなくちゃな」
レイヴは嬉しそうだ。
ドラゴンも、誕生日を大切にするんだね。
「なにか欲しいものとか、やりたいことはないか?」
上のベッドから飛び降り、わたしのベッドに腰かけてくるレイヴ。
「う~ん。特に欲しい物はないなぁ。海で泳ぐのも、この間ア・ムリス国でやったし………」
基本的に泳ぐのは夜の海だったけれど、ガーラムと泳ぐのは気持ちよかった。懐かしいなぁ。ウルンサとエレクは元気にしてるかな?
基本的に泳ぐのは夜の海だったけれど、ガーラムと泳ぐのは気持ちよかった。懐かしいなぁ。ウルンサとエレクは元気にしてるかな?
「ハンターになってから、もう1年経つんだな」
そう。10歳の誕生日にハンター登録をしたので、あれからちょうど1年経つのだ。そして、そのまま旅に出た。この1年はあっという間だった。
「俺の鱗をやろうか。剣でも防具でも、好きに作ればいい」
「え、それもいいけれど、わたしには過ぎた物じゃないかな」
「きっと、セシルによく似合うぞ」
うわっ。にっこりと微笑む姿が眩しい。
「いい武器や防具は、戦いにおいては生死を決めることもある。戦いに生きるハンターなんだから、できる限りいい物を手にした方がいいぞ」
あぁ………正論ですね。ぐうの音もでませんよ。ふんっ。
「…剣と部分鎧をお願い」
「わかった。俺に任せておけ。そうと決まれば………」
「え、なに………ぎゃああ~~~!」
突然レイヴが抱きついてきて、思わず悲鳴を上げた。必死にもがくが、びくともしない。
「な、な、なにするの!」
「鎧を作るなら、寸法を図らないとな。こうするのが1番だろう」
「なんで!」
「セシルを魔大陸へ連れて行けないからな」
………魔大陸?ドワーフのホランドさんに頼めばいいんじゃないの?
「セシルの物を作るのに、俺が妥協できるわけがない。剣も鎧も、魔大陸の方が品質がいい。最高の物を作らせるよ」
うん。もうわかったから離れて欲しい。
「往復にかかる時間は、だいたい7日だ。そのあいだセシルに会えないと思うと寂しいよ」
「え、魔大陸へ行って来るのに、それだけの日数ですむの?レイヴはすごいね」
あ、しまった。わたしを抱き締める腕に力が入った。
「…魔大陸へ行くのはかまわないが、ホランドに頼んである剣はどうするんだ?」
とうさまがもっともな質問をする。
そうだよ。せっかく明日ドワーフの里へ行く計画をしていたのに、このままじゃホランドさんを待たせてしまうことになる。がっかりさせるだろうなぁ。
「剣は、明日ドワーフの里へ行って受け取るさ。そのあとで、近くの山から魔大陸へ向けて飛び立つ。帰って来るときは王都のそばの森に降り立ち、歩いてこの宿屋へ来るつもりだ。セシル、待っていてくれよ」
なるほど。人目につかない場所でドラゴン化するのね。人間に見つかったら騒ぎになるもんね。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「こらこらこらっ!」
自然な仕草でわたしのベッドに入ろうとするレイヴを怒鳴りつけた。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
「ちっ」
レイヴは残念そうに溜息をつき、わたしの背中を撫でてから離れた。
本当に、抱き締めたくらいで寸法が図れたんだろうか?本当ならちょっと………いや、だいぶ恥ずかしい。それって大事な個人情報だよ!
布団に潜り込むと、とうさまの方を向いておやすみを言った。
「あぁ、よくおやすみセシル」
いつもの低音ボイスが心地いい。
あとは、睡魔に意識を委ねるだけ。
朝目覚めると、とうさまの顔がドアップだった。ふむ。とうさま、今日も色気ありますね。って、違うか。
小さな頃から、よくとうさまと寝て来たから、今更寝起きドアップを見せられても驚かない。免疫があるからね。ただしレイヴは別。まだ免疫ができていないから、寝起きどっきりされると悲鳴を上げてしまう。
しかし、なんでわたしのベッドに潜り込むかなぁ………。わたしって、抱き枕代わりなのかなぁ。