38 少女救出作戦4
朝8時、ベンドロの町の門が開けられ、ハンター達が駆け出して行った。そのあとを追うように、わたし達も門の外に出た。早く門を閉めないと、魔物や動物が町の中に侵入してしまうからだ。歩くのがゆっくりなリリムは、とうさまが抱きかかえている。
毛布でリリムの頭まですっぽり包み、周りのハンターから見えないように隠している。見つかれば、騒動になる可能性があるからだ。ここで騒ぎを起こしたくない。
そして、いくら目立ちたくないと思っても、リリムを抱えて森に入って行くわたし達は目立った。とても。
「おい。なにを抱えてるのか知らんが、そんな物持ってたら戦えんだろう。魔物にやられちまうぞ」
親切にも忠告してくれた人がいたが、大きなお世話である。リリムを親元へ返さないと、スタンピードが起きてしまうのだから。
無視して森に入ると、後ろから吐き捨てるような言葉が聞こえた。
「ちっ。死んでも知らんぞ」
陣形は昨日と同じ。先頭がレイヴで、次がわたし、最後がリリムを抱えたとうさま。
向かって来る魔物を倒しながら進むのも、昨日と同じ。
不思議なのは、これだけ倒しても魔物の数が減らないこと。そして、まだスタンピードを起こせる余力があるということ。魔物は交配から生まれることもあるけれど、大抵は魔素溜まりから生まれると聞いたことがある。それだけこの森の魔素が濃いということかな。
例の大岩にたどり着いたのは、日が暮れかけた頃だった。例によって、サテュロスが大岩に乗っていた。
「やあ、君達。よくお嬢様を助け出してくれたねぇ。俺も嬉しいよ」
「「「お嬢様?」」」
「あれ。言ってなかったっけ?リリムはエントの族長の娘さぁ」
なるほど。それで、魔物達にベンドロの町を攻撃させるほど怒ったわけか。
リリムを地面に降ろし、彼女を包んでいた毛布はマジックバックへしまった。
それを見て、リリムは不思議そうな顔をしている。
「さっきの布は、どこへ消えたの?そのバックは、あの布が入るほど大きくないでしょ?」
「あぁ。これはマジックバックだ。異次元に繋がっていて、なんでも入るんだ」
「人間はすごい物を持っているのね」
本気で感心しているようだった。
がさがさ
そのとき、葉がこすれるような音がして、それは姿を現した。大木が、おそらく本人にとっては急ぎ足であろう動きで、ゆったり足を動かしている。足と言っても、木の根にしか見えないが。体長は、5メートルはありそうだ。
その後ろからアムリリスが現れ、悠々と男エントを抜き去ってわたし達の前に来た。しっかりした足があり、足の長さもあるアムリリスは歩くのが早い。
「おとうさま!おかあさま!」
そう言って、アムリリスに抱きつくリリム。
「あなたが無事でよかったわぁ。本当にね~」
相変わらずに、間延びしたしゃべり方である。
ようやく傍までやってきた男エントは、わたし達を見て目を大きく見開いた。ゆっくりと。
『なるほど。レッドドラゴンが来たというのはまことであったか。それに、なんと小さき子供であることか。こんな幼い人間が、我が娘を助けてくれたとは。まことかたじけない。感謝するぞ』
あれ?念話だ。
『初めまして。わたしはセシルです。あなたがエントの族長ですか?』
『ほっほーう。いかにも、儂がエントの族長じゃ。おぬし、儂の言葉がわかるのだな』
『はい。わたしは魔物使いです。魔物の言葉はわかります』
『それは素晴らしい!わっはっは』
族長が全身を振るわせて笑ったので、葉が何枚もはらはらと落ちて来た。
『おまえにも、セシルの素晴らしさがわかるか!』
レイヴが、会話に割り込んできた。
魔物の言葉がしゃべれないとうさまは、黙って成り行きを見守っている。
『セシルは素晴らしいぞ。優しく、そして強い。顔は天使のように美しく………』
『あぁ、それは今度にしてもらおう。そなた達、魔物に人間の町を襲わせるのを止めるよう、言いに来たのではないのか?』
『そうです!』
両手でレイヴを後ろに押しのけようとして、失敗した。レイヴの体は岩のように、頑として動かなかった。
『それでは、娘が無事に戻ったことだし、今回だけは人間共を許してやることにするかの。しかし、今回だけじゃ。次はないぞ』
『もちろんです。罪を犯したのは一部の人間ですが、その人間を抱えていたあの町にも責任があります。2度と同じ過ちを犯さないよう、しっかりと町の者達に伝えます。今回のことを教訓として、もう馬鹿な真似はしないでしょう』
『うむ。頼んだぞ』
『はい』
がさがさっ
来たときと同じく、ゆったりとした動作で帰って行く族長。そして、それを平気な顔をして追い抜いていくアムリリス。少し遅れて、リリムがあとに続く。
あの大きな体で、どうやって森を移動しているのかと不思議に思って眺めていると、木がエントを避けていることがわかった。あの、動かないはずの木が、ただ木が、エント達のために道を作っている。どうなっているのだろう?この森は疑問が尽きない。