34 山羊男2
「わたし達がエント様の子供を取り返したら、スタンピードを起こすのをやめてくれますか?」
「おっ、やる気になったか。いいぜ、子供を取り返したら、エント様に取りなしてやるよ」
ガロイアが説明してくれたところによると、エントの子供が攫われたのは1週間前。森の泉で水を飲んでいたところを、無理やり連れて行かれたとのこと。まだ8年しか生きていない幼い個体で、名前はリリム。女の子だ。すぐにガロイアが呼ばれたけれど、遅かった。なにしろ、エントだもの。行動も会話も遅い。ガロイアがどれだけ頑張っても追いつけず、ベンドロの町へ入ったところまでしか追跡できなかった。人化の術を使えないガロイアでは、人間の町へ入って調べることができなかったのだ。それで、怒り狂ったエントがベンドロの町を魔物に襲わせるよう指示したとのこと。納得だ。
「ただし、子供が戻るまでは、魔物を襲わせるのをやめられない。だから急ぐんだな」
「リリムちゃんが、ベンドロの町を出たかわかる?それによって、捜索範囲が変わってくるんだけど………」
「あぁ、あの子は人間の町にいる。だから、あの町を襲ってるんだ」
「なるほど。それで、リリムちゃんの特徴は?」
「う~んと………緑色の目だろ、それから茶色の髪に………身長はおまえくらいだ」
「「「え!」」」
思わず、声が揃うわたし達。
「エントって、木じゃないの?」
「それは男のエント様だけで、女は人間に近い姿をしているぞ。木人間って感じだな」
「「えええぇぇ~~~!」」
「なんだと!」
驚くわたし達とは対照的に、ぽかんとした顔をしているガロイア。
世界には、まだまだ驚くべきことが溢れている。だからおもしろい。
「じゃあ、観賞用じゃなくて、奴隷にされるとか、愛玩用とか、色々な危険があるんじゃ………」
「ちっ。これだから人間はダメなんだ」
「一部の人間だけよ」
苛立ちをあらわにするレイヴを窘める。人間全体がダメだと思われては堪らない。
「それで、リリアの匂いがついた物はなにかないのか?匂いがわかれば追いやすい」
ふぅん。ドラゴンは鼻も利くのね。
「う~ん。それは、ちょっと待ってくれ。リリアの母親なら匂いが似ているから参考になるだろうけど、会わせる前にエント様に確認をとらないと、俺が怒られちまうよ」
それもそうだ。ただでさえ人間に怒っている時に、勝手に人間を連れて行くわけにはいかないだろう。
「ここは魔物が襲って来ない。今夜は、ここで過ごしてくれ。その間に、俺がエント様から許可をもらってくるからさぁ」
「わかった」
「じゃ、行ってくるねぇ」
ガロイアはひらひらと手を振り、跳ねるように森の奥へ入って行った。下半身が山羊だから、普通に歩くより、飛び跳ねた方が早いのだろう。
あたりはすっかり暗くなっている。ガロイアの言うとおり、今夜はここで野宿になりそうだ。
とうさまがテントや調理器具を取り出し、手際よく野営の準備を始めた。わたしも当然、手伝う。レイヴは周囲の警戒をしている。
ガロイアの言うとおり、大岩周辺に魔物は寄って来ない。少し離れた場所にはいるけれど、一定の距離を保っている。結界でも張ってあるのだろうか。
今日はレイヴも狩りに行かない。というより、ここに来るまでに十分過ぎるほど狩っている。日が落ちてから、わざわざ行く意味がない。
とうさまはテントの準備が終わると、マジックバックから食材を出して料理を始めた。やがて、肉や野菜をたっぷり使った具沢山スープが出来上がった。いくら魔物が寄って来ないとは言え、今ここで肉を焼いて、匂いで魔物達を引き寄せるような真似をする必要はない。安全第一だ。
出来上がった料理を見て、レイヴは少し不満そうだったけどね。
「ぎゃああ~~~!」
目が覚めて、山羊男がテントを覗いていたら、誰だって叫ぶだろう。うん。そういうことだ。
「大丈夫だ。危険はない」
レイヴがわたしを抱き締めながら言う。
そういう問題じゃないんだけど………あぁ、心臓がばくばくする。
「ガロイアは、可愛いおまえの寝顔を見てみたかったそうだ。少しくらい、いいだろう」
「よくないよ!」
レイヴの腕を振りほどいて、テントから出た。
そこで、見慣れないものを見て、固まった。
体に木の皮を貼り付けたような姿に、茶色の皮膚と髪、緑の目をした女性がそこにいた。服は身に着けていない。木の皮が、大事なところもしっかり隠しているからだろうか。
「あらぁ、人間の子供ね~。はじめまして~。わたしは~、リリムの母よぉ」
間延びしたしゃべり方をする。
驚いたのは、その姿だけではない。大きかったのだ。巨人だ。巨人がいる。身長は4メートルくらいだろうか。
「アムリリス様だ。アムリリス様、こいつは………あれ、おまえ、名前なんだっけ?」
ガロイアがわたしを紹介しようとして、わたしの名前を知らないことに気づいた。
「わたしはセシルです。アムリリス様」
「アムリリスでいいわよぉ。それで、リリスの匂いが知りたいという坊やはぁ、どこにいるのかしら~?」
「ここだ」
テントから出て来たレイヴが、アムリリスを見上げた。




