30 ちょっといい宿屋
ちょっといい宿屋なので、お風呂もちょっと良い程度のお風呂だった。つまり、木でできた1人用の浅い浴槽で、半身浴しかできないお風呂だった。それでも、ないよりはまし。
お風呂の利用料は宿代とは別料金で、1回銀貨1枚と高かった。それでもお風呂に浸かって味わえる至福の時間を考えると、安いものだ。高い宿屋へ行けば、もっとお金がかかるのだし、ここは妥協するしかない。まあ、お風呂は毎日入るものじゃないしね。
宿屋の食事は、十分、満足できるものだった。手頃な値段で、美味しい料理はレイヴも喜んでいた。
そして再び訪れる、ベッドの場所取り。床で寝るのがつらかったので、ベッドで寝るのは譲れない。2段ベッドが2つの部屋なので、ベッドを3つ並べて川の字で寝ることはできない。そこでわたしが1つ目のベッドの下段に寝て、とうさまとレイヴが交代で1つ目のベッドの上段に寝ることになった。1つ目のベッドの上段はわたしに近く、2つ目のベッドの下段はわたしの寝顔が見れるらしい。………そんなことで争わないでほしい。
「ぎゃっ」
朝起きると、目の前にレイヴの顔があった。わたしが寝ている間に、向かいのベッドからわたしのベッドにもぐりこんできたに違いない。それしかない。絶対に!
「おはようセシル。よく眠れたようだな」
「…おかげさまで」
わたしが起きるまで、わたしの顔を眺めていたのかな………はっ!もしかして、ドラゴンは寝なくてもいいとか?いやいやいや。生き物なら睡眠は必要でしょ。
ところで、とうささはどこ?
「あぁ、ニキなら、上のベッドにいるぞ。さっきから起きている」
「え!」
じゃあ、とうさまは、レイヴが何してるか知っていて、放置しているってこと?レイヴのことを認めたのかな?
「ニキとは相談の結果、順番におまえと寝ることにしたんだ。今日は俺の番だ」
「………なるほど」
いや、それ以外に言葉が出て来ない。とうさま、なにしてるのーーー!!
わたしを嬉しそうに抱き締めているレイヴの腕から逃れ、ベッドから飛び出した。すると、上のベッドで、不機嫌そうな顔で横たわっているとうさまと目が合った。
「………変な取り決めを、勝手にレイヴとしないで」
「………」
無言とは大人げない。今日はレイヴがわたしと寝たから、明日は自分の番だと主張しているのね。
レイヴが来る前は、こんなに嫉妬深くなかったのに、とうさまどうしちゃったんだろう?
「顔を洗って来るね」
そう言って部屋を出た。水は魔法で出せるので、水を流しても大丈夫な中庭へ行くつもりだった。
中庭はゆったりとしていて、隅で洗濯物がはためいているものの、まだ十分な広さがあった。
水魔法で手に水を溜め、それで顔を洗った。そのあと、固まった体を伸ばす。う~んと伸びると気持ちよかった。
「あれ、先客か。お客さん、よく眠れた?」
声をかけてきたのは、のこ宿屋の受付をしていた少年だった。13~14歳だ。手には木剣を持っている。
「ああ、これ?実は俺、ハンターを目指してるんだ。だから、毎朝ここで素振りしたり、訓練したりしてるんだ」
「そうなの。でも、その木剣あなたには大きすぎない?もっと自分に合ったサイズにした方がいいよ」
「いいんだ。この方が力がつくだろ」
そう言って、少年は素振りを始めた。たしかに、毎朝していると言っているだけあって、少年は木剣を使いこなしているように見えた。あまり言ってもしかたない。本人が納得してやっているのだから。
自分が訓練していた頃を思い出して、懐かしい気分になった。自分で言うのもなんだけど、わたしは出来のいい生徒だった。とうさまにくっついて歩いて、スポンジが水を吸うように色んなことを吸収した。剣の使い方や魔法の使い方、生活に関すること等々。だから、自然と外の世界を知りたくなった。ハンターになるのは自然なことだった。
とうさまとわたしが暮らしていたのは、オ・フェリス国の王都だった。アステラ大陸の西に位置し、南北に長い領土を持つオ・フェリス国の王都は、北の地に位置していた。冬は雪に閉ざされる、美しい芸術の都。その王都の端にある小さな家で、わたし達は10年暮らした。
とうさまとわたしは、本当の親子じゃない。母は出産の時に亡くなり、父は行方知れず。それで、父の兄だったとうさまが、親代わりにわたしを育ててくれたの。つまり、わたし達は叔父と姪の関係にある。本当の親子じゃないけれど、家族なの。大切な、大切な、わたしのとうさま。わたしにとって、愛情を注いで育ててくれたとうさまが、誰よりも大切なとうさまに変わりがない。
そのとうさまの様子が、最近おかしい。レイヴが来てから、ずいぶんわたしにベタベタするようになってしまった。まるで、レイヴに嫉妬しているような………って、そんなわけないよね。相手はドラゴンだもの。エルフやドワーフなどの人族でさえない、最強の一角を担うレッドドラゴンの子供。そんなレイヴが、ちょっとおもしろいおもちゃを見つけて夢中になっているだけで、しばらく遊べば飽きるはず。それまで付き合ってあげればいいだけでしょ?どうして、いい大人のとうさまがムキになるかなぁ。
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