3 はじまりの島3
「なんだとー!」
オッサムさんがジグ達を振り払って、桟橋に走って来た。そして海を覗き込み、愕然とした。ガーラム達の体表が、怒りの赤に染まっていたからだ。これじゃあ、いくら鞭を打ってもガーラム達は言うことを聞かない。
へなへなとその場に座り込むオッサムさん。すっかり、体から力が抜けてしまっている。
ジグ達は、自分達がしでかしたことの大きさを考えて、顔面蒼白になっている。ま、しかたないよね。
それに、このままガーラム便が使えなくなるのは、メリス島にとって問題が大きすぎる。漁業で成り立っているこの島は、自分達で食べる分以外の魚は本島へ売りに行く。本島は観光業がメインで、漁をしないから。魚を売りに行くだけなら、漁船で行けばいいからいいけれど。漁業以外の仕事がないメリス島では、女性が本島や他の島へ通って仕事し、現金収入を得ている。その足となるガーラム便が使えないとなると、大問題なのだ。
今日は、諦めてもらうしかない。
そう、今日は。
明日ならいいのかって?うん。いいよ。わたしがなんとかするからね。なにしろ、わたしは魔物使い!動物や魔物と仲良くなるのは得意なの。ウルンサとエレクは、とっくに仲良くなっている。人が見ていない夜中にやって来て、スキンシップとっていたからね。だから、2頭の怒りを抑えるのも、1晩あれば大丈夫。
そうじゃなきゃ、大問題になるのをわかっていてこんなことしないよ。
これで、ジグ達もわたしにちょっかいかけるのをやめてくれればいいんだけど。そう都合よくはいかないだろうなぁ。
「…じゃあ、オッサムさん。わたしは帰るね。あんまり気を落とさないで」
「あ、ああ。じゃあな」
オッサムさんは力なく片手を振ってくれた。珍しいこともあるもんだ。いつもなら、犬を追い払いようにしっしってやるのに。それだけ、落ち込んでいるってことかな。
ジグ達3人は、島長の家へ向かって歩き出していた。さすがに走る気力はないのか、ゆっくりとした足取りだ。まあ、急いでもいいことはないもんね。たぶん、島長に今回の騒動を自分達に都合のいいように説明して、なんとか穏便に済ませようという魂胆なんだろう。
あ、ジグと目があった。すごい目で睨んでくる。そりゃそうか。わたしが、なにかやったと思っているんだからね。事実、そうだし。
あ~あ。とうさまにはなんて話そうかな。怒られるかな?褒められるわけは、ないよね~。
わたしととうさまは、メリス島の空き家を借りている。小さな島だもの。宿屋なんてないよ。だから、なんでも自分達でしなくちゃね。
ああああ~~~~!!
そうだった!今日は、とうさまは本島へ用事を済ませに行ってるんだった。でも、うん、今回の用事は泊まりだから、メリス島から迎えにガーラム便が行かなくても大丈夫。セーフ!
今、びっくりして心臓が口から出るかと思ったよ。
とうさまはね、黒い髪にブルーの目をしている。怒ると、海みたいな深いブルーになるんだよね。釣り目で、笑った顔もちょっと怖いけど、怒った時はもっと怖い。でも、とてもハンサム。うん。イケメンというやつ。年は42歳。引き締まってほどよく筋肉がついた肉体で、今でも現役のハンターをしている。「そろそろ引退しなきゃなぁ」なんて言っているけれど、冗談にしか聞こえない。そして、大きい声では言えないけれど、というか、誰にも言えないけれど、とうさま昔、暗部にいた。王様の命令があれば、殺人でもなんでもやるというところ。わたしに出会って、辞めたと言っていた。
ハンターも十分、危険と隣合わせの仕事だけど、暗部はもっと危険。人知れず消されても文句も言えず、どんな拷問にも耐えなきゃいけない。依頼主の秘密は墓場まで持っていくのが当然。そんな仕事、辞めてくれて良かったと思う。
今でも、昔を思い出すのか暗い顔をしている時がある。とうさまの顔が怖いのは、そのせいかもしれない。
そして、とうさまの職業は魔法剣士。
うん。なんでもできてしまう、完璧なとうさま。料理を含め、家事も完璧にこなす。わたしよりうまい。年の功かな。いや、そんなことを言ったら、世の中の男性みんな、家事が完璧にならないとおかしいか。そうか。
とにかく、これで女性にもてないわけがない!
なんでもそつなくこなし、イケメンで、強くて頼りになる。年の差なんて関係ない!とばかりに、10代の女性からのアプローチもある。
というわけで、少しばかり都会に疲れたとうさまがやって来ました、田舎の楽園ア・ムリス国。ところが、ハンターギルドに挨拶がてら顔を出したときに、偶然いた王女様に見染められ、指名依頼で護衛任務に就かされましたとさ。ついてないなぁ。
あ、もちろん、わたしもその場にいたよ。ちゃんと、「娘です」って紹介されたよ。でも、王女様の目にわたしは入らなかったんだなぁ。これが。