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さてと。わたしの疑問が解決したから、シルヴァが図書室にこもる必要はなくなったよね。
シルヴァと一緒に図書室にこもっているディーも、調べものから解放されて喜ぶかな?
今頃、ふたりで図書室にこもって一生懸命、レェスラ症のことを調べてくれているんだろうなぁ。超のつく速読のシルヴァに対して、ゆっくりスローペースなディー。ふふっ。案外、いいコンビなのかもしれない。
「セシル」
「なに?」
「このあとはどうする。俺は仕事があるから、付き合ってやれないぞ」
「図書室へシルヴァを迎えに行ってから、赤の塔へ行って来るよ。ハルシオン師団長がわたしの症状を気にしていたから、教えておげようと思って」
「そうか。護衛騎士は連れて行けよ」
「うん。それに、レイヴ達が一緒だから大丈夫」
わたしが明るく答えると、クロヴィスはむすっと様子でわたしを見つめてきた。
なにが不満だというの。
「メイドは部屋に待機させろ。ほかのふたりは、訓練場で汗を流して来い」
「どうして?」
わたしはクロヴィスを正面から見上げ、その険しい顔を見つめた。
「………ここに滞在する許可は出したが、なにもせず遊ばせておくとは言っていない」
クロヴィスは考えをまとめるように、少し時間を置いてそう言った。まるで、本音を隠すかのような口ぶりだ。
「わたしは好きに過ごしていいのに、どうしてレイヴ達は訓練や仕事をしないといけないの?」
「セシルは俺の妃だ。なにをしても文句は言わせない。だが、連中は違う。魔大陸出身なのはレイヴネルとかいう小僧だけで、他はアステラ大陸や悪魔界から来たいわばよそ者だ。この地の者の信頼を自ら勝ち取らなければ、いずれセシル共々孤立するだろう」
「………そう。わかった。わたしのためなのね?わたしが孤立しないように、レイヴ達が北の地の皆に認められるよう気を使ってくれたのね」
「そういうことだ」
どうしてクロヴィスが不機嫌なのかわかった。
クロヴィスとしては、自分が認めた者しかわたしの傍に置きたくないんだと思う。レイヴ達がこの城にいることを許してくれたけれど、皆を認めてくれたわけじゃないのよね。だから、レイヴ達がわたしの傍にいることに不満があって、どんな理屈を並べようと、わたしの傍には置いておきたくないということ。だけど、この城にいることを許した以上、ただ遊ばせておくこともできない。それで、渋々、対策案を出してきたというわけ。
それに、クロヴィスの言うことも間違っていないんだよね。この城にいるということは、わたしもレイヴ達も、この城の人達に認められる必要があるもの。
「………セシル、なにを考えている」
「っ!?」
突然、クロヴィスに顔を覗き込まれて驚いた。
か、顔が近い!
距離をとろうにも、背中に回された腕に動きを封じられて後ろに下がれない。
「は、離れてっ」
「なぜだ?」
「なんでって………わかるでしょうっ!?」
クロヴィスに見られている顔に熱が集まって来るのを感じる。
「………くっくっく。いまさら照れるか。おもしろいな」
ちっとも、おもしろくなーーーい!
「陛下、セシルから手を離してもらえませんか」
「セシル様が困っておいでです」
「ちょっと、近すぎます」
レイヴ達がクロヴィスに注意をしてくれた。
「あぁっ?」
そのとたん、クロヴィスは不機嫌そうな様子を隠しもせず、レイヴ達を睨みつけた。
クロヴィスの体から、怒気が溢れだす。
びくりっ!
レイヴ達だけでなく、この執務室にいるほとんどの者が体を震わせた。レイヴは恐怖からか額に脂汗をかき、エステルは体をブルブルと震わせ、フィーは本能的に警戒態勢をとろうとするのを我慢しているようだ。執事のラーシュも、体がこの場から逃げ出そうとするのを理性の力で押さえつけているように見える。
わたしは………この怒りが自分に向けられたモノではないからか、意外と冷静でいられた。
「クロヴィス。落ち着いて。ね?」
両手でクロヴィスの顔を挟み、注意が自分に向いてから笑いかけた。
熱を持っていた顔は、冷静になったおかげで元に戻っている。
クロヴィスは視線をわたしに向け、ふいにおでこにキスを落した。
「ーーー!?」
とたんに赤くなる顔。
「なっ、なっ、なにするのーーーっ!!」
「ふっ。可愛いな」
さっきの怒気はなんだったの?というくらい甘いマスクで微笑まれて、腰が抜けそうになる。
「もう行っていいぞ」
そう言って、クロヴィスはわたしから離れた。
クロヴィスという支えを失って、体が少しふらつく。
ふぅ~。
深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
よしっ。もう大丈夫!
「じゃあ、またあとでね」
「あぁ」
そうしてわたしは執務室をあとにした。
護衛騎士を伴って行く先は、シルヴァとディーがいるはずの図書室。
しばらくこちらはお休みして、
元引きこもりの魔法使いリア・アッカンハイム 冒険始めます
を連載します。




