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ナニかはあったし、そのせいで気絶したり、お風呂で寝てしまったりしたわけだけど、それを侍女に話せるほどわたしのメンタルは強靭じゃない。
そこで、話を反らすことにした。
「昨日、マリエッタをわたしの侍女したの。もう会った?」
「あ、はい。ですが、だいぶ弱っているようでしたので、侍女の訓練はマリエッタが元気になってから行うことになりました」
「ですが、本当にいいんですか?セシルの様付きの侍女なんて、望んでもそうなれるものではありませんよ。わたしとエマだって、辛い訓練を受けて………」
「なるほど」
アステラ大陸でも、侍女になるには貴族の身分が必要だと聞くし、様々な知識や技能を身に着けるために訓練を行う必要があるんだろう。それが、魔王ベアテに近い者の侍女となれば、そう簡単にはなれないのかもしれない。
でも、わたしの侍女になりたがる人なんて、エマとアナベル以外にいるのかな?人間に仕えるなんて、プライドが許さないような気がするけれど………。
そこでふと、まだ着替えていないことに気づいた。
「クロヴィスを待たせちゃってるかな?急いで着替えないとだね」
「大変!急いで準備致します!」
エマとアナベルが素早く動いて、わたしに着替えをさせてくれた。いつもの、シャツにズボン、ブーツといういで立ちだ。なぜなら、全身のあちこちにクロヴィスがつけたキスマークがついていて、この恰好じゃないと人に見られてしまうから。
着替えを終わると、ペンダントをシャツの外へ出し胸元に垂らした。
このペンダントはクロヴィスの紋章が入っているから、見せることで相手にわたしの所有者を知らしめることになる。つまり、わたしに害意を持っていたとしても、クロヴィスを恐れて手を出してこないということ。まぁ、その効果は100パーセントじゃないけどね。
わたしがクロヴィスのモノだと知った上で仕掛けて来る、アンネス侯爵家の令嬢達もいるわけだし。
そういえば。ヨアルに頼んだ剣の出来は順調かな?新しく作る剣は、1週間くらいでできるって言ってたよね。前にレイヴが剣を作ってくれたときはわたしも小さかったから、渡されたのは短剣だった。でも、いまは成長しているから、もしかしたら剣を作ってくれるかもしれない。それとも、やっぱり使い慣れた短剣かな?ふふふっ。楽しみ。
そのとき、クロヴィスが扉を蹴り開けて入って来た。
なんでなの。もう癖なの?
クロヴィスはいつもの、魔王らしく豪華な衣装を身に纏っていて、見惚れてしまうくらいとてもかっこいい。
わたしの視線に気づくと、クロヴィスはウインクしてみせた。
わたしはできないそれに、びっくりした。びっくりして、笑ってしまった。
「どうした」
クロヴィスも微笑みながら問いかけてきた。
「クロヴィスもウインクなんてするんだね。びっくりしたよ」
「気に入ったか?セシルのためならなんでもするぞ」
「ありがとう。エステル達に会いに行こう」
「わかった」
そう言うと、クロヴィスはわたしの腰を抱き寄せ瞬間移動を発動した。
着いた先は、クロヴィスの執務室。
いつの間に戻したのか、クロヴィスの黒い執務机が鎮座している。
執務机で書類の整理をしていたラーシュが顔を上げ、クロヴィスに向かって一礼して消えた。
「ラーシュはどこへ行ったのかな?」
「セシルのしもべを迎えに行ったんだろう」
「ちょっと!エステル達は友達だよ。変なことを言わないで」
「くっくっく。そうか」
「むぅ。からかったの?」
「いや。怒ってるセシルも可愛いな」
「!!」
なになになに!?クロヴィスが甘いんだけど、どうしたんだろう。変なものでも食べた?ううん。クロヴィスなら、毒を食べてもケロッとしてるよね。じゃあ、なんだろう?
そのとき、ノックの音がしてクロヴィスが入室の許可を出すと、ラーシュに続いて見慣れた顔が覗いた。
「エステル!それにレイヴにフィーも、よく来てくれたね。嬉しいよ」
皆、わたしの顔を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。まるで、1年も会ってなかったみたいに。
「セシル様、お元気そうでなによりです」
エステルは、メイドらしく綺麗なお辞儀をした。
「これからは俺が傍にいてやるからな」
レイヴは、頼りにしてくれと言うように胸を反らした。
「セシル!会いたかったよー」
フィーが抱きついてきたので抱き留めた。
「セシル、シルヴァはどこに行ったの?セシルの傍にいて守ってくれるんじゃないの?」
「いまはクロヴィスが一緒だから大丈夫だよ」
「でも………」
「クロヴィスは強いんだよ」
「でもでも!力づくで、セシルに強引なことをするかもしれないじゃないか!」
「それも大丈夫だよ。クロヴィスはわたしには優しいの」
「ほんとかなぁ?」
フィーは疑わし気な視線をクロヴィスに向け、びくりっと体を震わせた。
「………セシルの言葉が信じられないのか?」
クロヴィスの声が低い。フィーに威圧でもしているの?
「うっ………信じるよ。セシルは僕の大切な人だからね!」
「ふふふっ。そんな風に思ってくれてるの?ありがとう、フィー」
頭を撫でると、フィーは嬉しそうに目を細めた。




