28 ドワーフの里2
酒場に、ホランドさんはいた。大いに酔っぱらって。ドワーフの中でもひと際体が大きく、力が強そうな体躯。あの腕で振り下ろされるハンマーを受けたら、わたしなんて一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。茶色い髪を短く刈り上げて、強面の顔は、いかにも頑固親父という感じ。
「ああん?なんだって?俺に剣を作れだとぉ?うぷっ」
飲み過ぎたのか、口を抑えて呻くホランドさん。
「俺は、自分より弱い奴に武器は作らないことにしてるんだ。てめえ、いくつだ?」
「あ、わたしじゃないです。こっちです」
椅子に座った姿勢だと、わたしが一番視線が近い。
レイヴを前に押し出した。
ホランドさんは黙ってレイヴを観察し、そして、そっと首を横に振った。
「なぜだ!」
「見たところ、おまえは剣の素人だろう。体がなっちゃいねえ。しかし、力が強い。それ自体はいいことだが、おまえは力が強すぎるんだ。今、この里にある素材じゃ、おまえの力に耐えきれず折れちまう。そんな剣を、俺が打つわけにはいかねえのさ」
「…なるほど」
「わかったら帰ってくれ」
「いや。なければ、素材を採ってくればいいだろ。どこにある?」
「はっはっは。簡単に言ってくれるな。たとえば………そうだな。魔鉱石だな。それがありゃあ、剣でも槍でも作ってやるよ」
魔鉱石とは、空気中の魔素を取り込み結晶化した石を言うらしい。硬度が高く、それこそハンター垂涎の一品ができあがるそうだ。ただし、とても貴重で、なかなか見つからない。
「ベンダリス鉱山で採れるのか?」
「いや、あそこはダメだ。普通の鉄鉱石くらいしか採れねえ。魔鉱石があるのは、魔大陸だな。あっちは魔素濃度が高くて、魔鉱石ができやすい環境にある。アステラ大陸で魔鉱石が採れたなんて話は聞いたことがねえよ」
さすがに、魔大陸へ行くわけにはいかない。そもそも海を渡る手段がないし、無謀過ぎる。
「…他に、素材はないのか」
「う~む。ドラゴンの鱗だな。強度があって、軽くて、良い物ができるぞ」
「そうか!レッドドラゴンの鱗ならあるぞ」
「なにいっ!?」
叫んで立ち上がったホランドさん。おお、立ち上がると益々、迫力がある。
ホランドさんはレイヴに掴みかかり、肩をグラグラとゆすった。
「レッドドラゴンの鱗があるだと!?だ、出せ!見せてみろ!」
「ふふんっ。いいだろう。見ろ!これがレッドドラゴンの鱗だ!いたっ」
自分の鱗を剝がしたのだろう。やっぱり、鱗を剥がすのは痛いんだね。
どんっ
なにもない所から、突然、鱗が現れた。
その衝撃よりも、レッドドラゴンの鱗を見られた興奮の方が勝っているらしい。
「「「「おおっ。なんて綺麗な鱗だ!」」」」
こちらの様子を伺っていた、他の客も一緒になって歓声を上げた。
「なんて立派な鱗だ」
「素晴らしい色だな」
「これは強度も抜群だぞ」
「俺にも分けてくれないか?」
この酒場は、鍛冶師ばっかりなのかな。というか、昼間から飲んでていいのかな。
「だめだ。こいつは俺のもんだ」
ホランドさんが鱗を抱き締めて、頬ずりしている。ちょっと、気持ち悪い。
「おまえ、名前は?」
「レイヴだ」
「レイヴ、おまえの剣を作ってやる。俺の工房へ行くぞ」
「酒はいいのか?」
「こんな上物を前に酒なんて飲んでられるか!行くぞ!」
ホランドさんは大事そうに鱗を抱え、店の外へ出て行った。慌てて、その後を追った。
ホランドさんの工房は、里の奥にあった。
軽い足取りへ入って行くホランドさんの後を追って、工房の中に入る。中は熱気に包まれていた。
鱗を壁に立てかけると、ホランドさんはいくつもの剣を持って来た。
「色々と試してくれ。おまえに合う剣を探そう。刃の長さ、形、剣の重さ、様々あるからな。それに合わせて、おまえだけの剣を作るぞ」
「面白そうだな。いいぞ」
「おまえ達は里の中でも見て回るといい。打合せが終わったら、宿に送り届けよう」
レイヴはすっかり剣に夢中になっている。嬉しそうに、あれこれ試している。
ドワーフの里は、金属を鍛える音と、道具を作る音に溢れていた。活気に満ちて、女性や子供も皆笑顔だった。こういう里は元気を貰える。
「とうさま、ここに来て良かったね」
「そうだな。だが、少々うるさいな」
「ふふっ。そうだね」
夕方になって、レイヴは宿に戻って来た。
「あのホランドという男、おもしろいぞ。剣というのは素晴らしいな!」
「それはよか………ぎゃあ!」
レイヴに抱きつかれて、押しのけようと暴れたものの、その腕の中から逃げられるはずもない。力がまるで違うのだから。
「もうっ、いちいち抱きつかないで。離れてよ」
「はははっ」
ご機嫌な笑い声を上げて、わたしから離れたレイヴ。
「まず試作品を作って、そのあとで完成品を作るそうだ。試作品は明後日の昼までに仕上げると言っていたぞ」
明後日の昼と言うと、乗合馬車の時間に合わせてくれるのかな。
「完成品はいつ頃できるの?」
「半月後だそうだ。剣が完成したら、グ・ランヴィル国の王都にあるハンターギルドへ手紙が来る」
「そっか。じゃあ、しばらくグ・ランヴィル国暮らしだね」
他の国をうろうろするのも楽しいけれど、半月くらいなら、一か所に落ち着いて依頼を受けるのもいいかもしれない。