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目が覚めると、ベッドで寝ていた。
体がだるい。
なんで好きだって伝えただけで、こんな目に会わなきゃいけないんだろう?クロヴィスを受け入れると伝えたら、わたし、壊れちゃうよ。
ため息をついたつもりが、気だるげな声が漏れた。
わたしの声を聞きつけて、クロヴィスが傍にやって来ると、わたしの額に口づけを落した。
わたしを見下ろすクロヴィスは、シャツを着崩している。どことなく色っぽい。
「どのくらい寝ていたの?」
「2時間くらいだ」
そんなに寝ても疲れが取れないなんて………クロヴィスひどい。
ふと横を見ると、黒い執務机が見えた。
「あれ?クロヴィス、仕事してたの?休みをとったんじゃなかった?」
「セシルが起きるまで暇だったんでな。セシルの寝顔を見ながら仕事してた」
うわっ。恥ずかしい!ということは、2時間も寝顔を見られてたってこと!?
顔に熱が集まる。
「ところで、セシルのしもべが到着しているぞ。会うのは明日でいいな」
「しもべ?しもべって………あっ。エステル達のこと?会いたい!」
勢いよく起き上がり、手を差し伸べてきたクロヴィスを無視してベッドから降りようとした。
立てたのは一瞬で、すぐに床にへたり込んでしまった。
恨めしい視線をクロヴィスに向ける。
ぐきゅるきゅる~。
………お腹が鳴った。恥ずかしい。
でも考えて見れば、今日は朝からなにも食べていない。お腹が空くのもしょうがないよね。
「なにをするにしても、まずは飯を食ってからだ」
クロヴィスはわたしを軽々と抱き上げると、応接室へ向かった。
そこにはエマとアナベルが控えていて、護衛騎士もひとりいた。今日の護衛騎士はヒョウの獣人で、お尻から長い尻尾が覗いている。兜をの隙間から、三角の耳が少し覗いている。
3人はクロヴィスを見て、緊張感を漂わせた。
わたしには甘いクロヴィスも、人々が恐れを抱く魔王ベアテなんだものね。魔王を前にして緊張するのは仕方ないのかもしれない。
「エマ、軽食を用意しろ。ひとり分でいい」
「はい」
緊張しているからだろうか?エマは普段より言葉数が少ない。
エマはマジックバッグから、応接セットのテーブルにサンドイッチと果物を出した。果物は皮が剥かれた柑橘類だ。サンドイッチは何種類もある。ハムとキュウリのサンドイッチの他、炒めた肉とレタスが挟まった物、卵焼きのサンドイッチ、そしてイチゴとクリームのフルーツサンドだ。すべて食べやすいように小さく切り分けられている。飲み物は、フルーツジュースだ。
クロヴィスはわたしを胸に抱いたままソファに座り、わたしを自分の膝の上に降ろした。そして左手でわたしを抱いたまま、右手でサンドイッチを手に取った。
えっ。これって………。
「さぁ、口を開けろ」
「い、いいよっ。自分で食べるよ」
「俺が手づから食べさせてやると言ってるんだ。いいから食え」
「………」
「………キスするか?」
「いただきます!」
なんで、そんな脅しをしてくるのかな?自分で食べると言っただけじゃないの。
皆の前でキスなんてされたら、恥ずかしくて悶えてしまう。
人前でのキスと、クロヴィスの手からサンドイッチを食べるのとどちらを選ぶかと問われたら、選ぶまでもない。キスは無理!
クロヴィスの手にあるサンドイッチをぱくりと食べると、クロヴィスが満足そうに笑った。
エマとアナベルも、微笑ましいものを見るかのような表情をしている。
わたしは恥ずかしくてたまらないのに、わたし以外は満足そうだ。
サンドイッチを食べ終わると、次は果物だ。汁たっぷりの果肉を、クロヴィスはフォークではなく指でつまんだ。
えっ?なんで?
サンドイッチのときと同様に口を開くと、果肉と一緒に指も差し込まれた。
「~~~~っ!!」
声にならない叫びが漏れる。
クロヴィスは指を引き抜くと、あたりまえと言わんばかりの表情で指をぺろりと舐めた。
それを見たエマとアナベルは、顔を赤らめている。
もうやだっ。恥ずかしすぎる。
「クロヴィス、お願いだからフォークを使って」
「………そうか。お願いされたら仕方ないな」
えっ。お願いしたら言うこと聞いてくれるの?
恥ずかしくて俯いていた顔を上げると、なぜかクロヴィスが嬉しそうに笑っていた。
お願いが嬉しかったのかな?
それから、クロヴィスのお世話になりながら食事を終えたわたし。食事を楽しむ余裕などなく、すっかり疲れてしまった。
そして。いまはバスローブ姿なので、着替えるべく自分の部屋へ戻ることになった。
クロヴィスがわたしを抱き上げ、その後ろをエマとアナベルがついて来る。
ぐったりとクロヴィスの胸にもたれていると、クロヴィスはわたしの頭に口づけを落した。
例のごとくわたしの寝室へ続く扉を蹴り開けようとすると、エマが慌てて開けてくれた。扉が壊れたら困るもんね。
クロヴィスはわたしをベッドの端に座らせると、「あとで迎えに来る」と言って去って行った。
アナベルがクロヴィスの寝室に繋がる扉を閉めると、エマとふたりで瞳を輝かせながらわたしを見つめてきた。
「とうとう、陛下のモノに………」
「なってないからね!」
「「えっ?」」
慌てて否定すると、わたし以上に慌てたエマとアナベルに詰め寄られた。
「ど、どういうことですか?」
「陛下がお休みを取ってまで一緒に過ごされているんですから、なにもないわけはないですよね!?」