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275 甘える

 3人で手分けして作業を始めたけれど、わたしは字を読むのが人より少し早い程度で、ディーは字を読むのにわたしの倍の時間が必要で、ページをパラパラとめくりながら読んでいくシルヴァの速読のスピードにはとても敵わない。

「シルヴァ、それ、本当に読んでるの?読んでるふりをしてるだけじゃないの?」

「ディー、シルヴァを疑う気持ちはわかるけど、シルヴァは本当に読んでるよ。ディーは自分のペースで頑張って」

「うん。わかった」

 ディーがシルヴァを疑うのも仕方ないよね。 

 考えてみれば、ドラゴンには読書の習慣がないだろうし、本を読めるだけでも大したものだよ。


 そうして成果の出ないまま読書の時間が過ぎ、夕食の時間を迎えた。

 窓のない図書室では、時間の経過がわからない。

 夢中になって本を読んでいたら、ラーシュが迎えに来てくれたの。

「僕も一緒に行っていい?」

「いけません。ディードランスト様は客室でお食事していただくように仰せ使っております」

「えぇぇ、クロヴィスはケチだな」

 そうだね。皆一緒に食べたほうが美味しいのに。


「それじゃあ、シルヴァもついて来てよ。ひとりで食べるより、誰か話し相手がいたほうが食事も美味しいからね」

「いえ、私は………」

「シルヴァ、行って来て。わたしと一緒にいたらご飯食べる時間がないでしょ?魔大陸は魔素は濃いから食事しなくても平気かもしれないけれど、それでも、シルヴァにはちゃんとご飯食べてほしいの」

「………かしこまりました」

「うんうん。いってらっしゃい」

 そう言って、シルヴァの手を握った。


「あーーー!!ずるい。僕もセシルに触りたい。手を握りたい。抱き締めたい!」

「だめです」

 まるで子供が駄々をこねるように地団太を踏むディーに対し、シルヴァはやれやれと首を振ってわたしの手を離した。

「セシル様、ディードランストのことは私に任せてお行きください」

 わたしに背を向けたシルヴァの背中に触れ、「お願いね」と声をかけた。

 シルヴァは振り向かなかったけれど、どこか嬉しそうだった。


 2人の護衛騎士と一緒にラーシュに掴まると、瞬時にして食堂に移動した。

 すでに席についていたクロヴィスは、わたしを見ると嬉しそうに顔をほころばせた。

 そんな顔を見たら、わたしも嬉しくなる。

 わたしが笑顔になると、クロヴィスは益々、嬉しそうに笑った。

「セシルが俺に会って嬉しそうにするのを見るのはいいもんだな」

 うわっ。なんだか恥ずかしい。顔が赤くなる。

 わたしだけ恥ずかしい思いをするのは悔しい。


 じーっとクロヴィスを見つめ続けながら、クロヴィスの後ろに回った。その広い肩に手を置き、振り向いたクロヴィスの耳に顔を寄せる。そして、耳たぶにかぷっと噛みついた。

 驚いたクロヴィスがびくりと体を震わせた。

「なんだ?」

「むぅ。わたしばっかり恥ずかしいのは悔しいから、クロヴィスに仕返ししたの」

「くっくっく。誘ってるのかと思ったぞ」

「えっ。違うからね!」


 体を引いたところを、立ち上がったクロヴィスに捕まえられた。長い腕を回してわたしの体を抱き締めると、もう片方の手でわたしの耳にかかった髪をかき上げ、耳に吐息をかけてきた。

 背中がぞくりとした。

 クロヴィスはわたしの反応を楽しむように、じらすように、耳に触れてきた。そして耳たぶを甘噛みしてきたのだ。体の奥がじんと熱くなる。

 だめ!ここにはラーシュも、侍女も、護衛騎士もいるのだ。ここで声を漏らすわけにはいかない。

 強くくちびると噛みしめると、鉄の味がした。


「すでに人払いをしてある。声を出しても聞かれないぞ」

 いつの間に!?

 そう思って室内を見回すと、確かにクロヴィス以外、誰もいない。

 いつ出て行ったんだろう?まったく気づかなかったよ。

 あれかな?わたしがクロヴィスばかり見ていたときかな?

「まったく。自分を傷つけるな」

「えっ………!?」

 クロヴィスが頭を下げ、わたしのくちびるをぺろりと舐めた。

 痛くはなかった。どうやら、回復魔法をかけてくれたみたい。


 クロヴィスが回していた腕を外してくれると、クロヴィスという支えをなくした体がふらついた。

 すぐにクロヴィスが抱き留めてくれて、心配そうな顔でわたしの顔を覗き込んできた。

「どうした」

 言えない。クロヴィスの腕の中にいたいなんて、恥ずかしくて言えない。

 代わりに、クロヴィスの胸に顔をスリスリとこすりつけた。

 クロヴィスの男らしい匂いがする。


「今日はずいぶん甘えて来るな。………もう寝るか?」

 ちらりと、テーブルの上の夕食を見た。ステーキに、シチュー、パン、サラダが並んでいる。どれも美味しそうだ。

 わたしは、食べられるときに食べろ。と教えられた。幼い頃からハンターを目指していたから、その言葉の大切さがわかっている。ひとたび安全な土地を離れたら、いつ魔物や盗賊に襲われるかわからない。食料も、いつでも十分に手に入るとは限らない。体力を落さないためにも、食べられるときに食べておくのがハンターにとって常識だ。

 それに、わざわざ作ってもらった料理を残すのは申し訳ない気持ちになる。



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