272 主導権をくれる?
クロヴィスの表情が柔らかくなり、目がわたしに触れたいと言っている。でも、それを感じ取ったわたしは体が硬くなるのを感じた。
昨日の夜、クロヴィスに恐怖を感じてから、クロヴィスを怖く感じるようになってしまったの。
わたしが体を硬くしたのを見て、クロヴィスは悲しそうな、傷ついたような表情をした。
クロヴィスにそんな表情をさせたいわけじゃないのに。
わたしが体を硬くするたび、怯えるたびに、クロヴィスを傷つけてしまう。そんなこと、わたしは望んでいないのに。
じゃあ、わたしが望んでいることってなんだろう?
わたしは………クロヴィスに傷ついてほしくない。でも、いまのままじゃ、わたしがクロヴィスを傷つけてしまう。
そもそも、どうしてわたしはクロヴィスを恐れているんだろう?
それは、わたしが敵わない力を持っていて、わたしを力づくでモノにできるから?ううん。クロヴィスは、力づくでわたしに言うことを聞かせるようなことはしない。乱暴なことはするけど、無理強いはしない。
だったら、どうして?なにがそんなに怖いの?本能的なものなの?
弱者が強者を恐れるようなもの?
でもそれなら、さっきからわたしの様子を伺っているシルヴァだって怖いはず。シルヴァはひとりで国を滅ぼすほどの力を持っているし、公爵級悪魔だもの。悪魔界よりは力が落ちるとは言っても、その破壊の力は底が知れない。
でも、シルヴァは怖くはない。
じーっとシルヴァを見つめると、シルヴァは「くふふっ」と悪だくみでもするかのような笑みを浮かべた。
うん。いつも通りだね。
次にクロヴィスを見つめると、落ち着かない気分になった。見ていられなくて視線を逸らすと、今度は背けた顔にクロヴィスの視線を感じた。
うわぁっ………なんだか、見られてるのが恥ずかしい。
「セシル、昼食を食っていけ」
「あ、うん。わかった」
そういえば、そろそろ昼食の時間だね。
クロヴィスの言葉を聞いて、執事のラーシュが昼食の準備をするべく姿を消した。厨房へ料理を取りに行ったんだと思う。
わたしがソファに座ると、クロヴィスが向かいのソファに座り、シルヴァがわたしの背後に立った。
クロヴィスが、わたしをじっと見つめて来る。正直に言って、落ち着かない。
「………セシル以外、全員部屋を出てろ。シルヴァ、おまえもだ」
突然、クロヴィスが低い声で言った。
てっきり、シルヴァは拒否するかと思ったのに違った。
「くふふっ。いいでしょう」
なにか企むような笑みを浮かべて、壁際に控えていた侍女と一緒に執務室から廊下へ出て行った。
おかげで、執務室にはクロヴィスとわたしのふたりだけになってしまった。
あぁ、落ち着かない!
「セシル………」
「なに?」
名前を呼ばれてクロヴィスの顔を見ると、悲しそうな表情をしていた。
「俺とは一緒にいるのも嫌なのか?」
「嫌じゃ………ないよ」
そう。嫌じゃない。怖いけど、嫌じゃない。
「だったら、なぜだ。どうして俺を避けようとする」
「えっ?」
わたしが、クロヴィスを避けてる?そんなつもりはなかったけど、昨日、クロヴィスの元を逃げ出したのは事実だよね。
「それは、理由はわたしにもよくわからないけれど、クロヴィスが怖くて………」
「俺が怖い?昨日、抱こうとしたからか?だが、なにもなかっただろう」
「そうだけど、でも、怖いの」
「なにが怖い?言ってみろ」
「………力で敵わないこと………」
「それは仕方ない。それだけか?」
「………力づくでなにかされるかもって思ったら、自分がすごく無力に思えて………」
「それで?」
「………クロヴィスが大きく感じて………」
「だから?」
「………だから………」
だから?………だから、何なんだろう?なにが怖いんだろう?
わたしは、なにに怯えているんだろう?
「セシル、俺を嫌いじゃないなら触れてくれ。セシルの温もりを感じたい」
クロヴィスの瞳には、渇望が見て取れた。
「俺からはなにもしない。だから、触れてくれ」
いまにも泣き出しそうなクロヴィスの様子に、わたしまで泣きたくなった。
無言で立ち上がり、フラフラとクロヴィスの右隣へ行くと、拳2つ分くらいの距離を空けてソファに座った。
そして、恐る恐るクロヴィスの右頬に手を伸ばすと、強張っていたクロヴィスの体から力が抜けた。
クロヴィスの肌は暖かく、すべすべで、気持ちよかった。
クロヴィスに触れてみて、わたしもこの温もりを必要としていたことに気づいた。
そして、気が付いたことがある。
わたしが怖かったのは、この身を委ねること。クロヴィスにまるっきり主導権を握られて、わたしを自由にされるかもしれないことが怖かった。もちろん、アレも怖いけど………。それは、経験がないから仕方ないよね。
そのことをクロヴィスに言うと、「俺のことは好きにしてかまわないぞ」と笑いながら言われた。
それって、主導権をわたしにくれるってことかな?
スランプです・・・・・・・・・
次回から、週一投稿になります。
 




