270 アンネス侯爵
ようやくハルシオン師団長が落ち着いた頃、秘書がやって来た。
「失礼します。セシル様、お迎えがいらしています」
「え、誰?」
「ラーシュ様です」
執事のラーシュが来たということは、クロヴィスの指示だよね。ということは、クロヴィスがわたしを呼んでいるということ。自分で来れば早いのに、わざわざラーシュを寄越すなんて、どういうつもりだろう?
「セシル様、陛下がお呼びです」
「わかった。ラーシュに掴まればいい?」
「はい」
ラーシュが右腕を差し出したので、そこに掴まった。シルヴァがわたしの右から、護衛騎士がわたしの左側からラーシュに掴まった。
準備ができると、ラーシュが瞬間移動して、次の瞬間にはクロヴィスの執務室の前にいた。執務室の前に現れたのは、突然、執務室の中に現れてクロヴィスに攻撃されないためだと思う。
コンコンコン
「入れ」
ラーシュがノックをすると、誰何もなく入室許可が出た。部屋の中から、外の気配がわかるのかな。
護衛騎士を部屋の外に残して、ラーシュ、シルヴァと一緒に部屋の中に入った。
ソファにはクロヴィスと、もうひとり見覚えのないない人物がクロヴィスと向かい合って座っていた。年は50代、短い髪にでっぷりと太った恰幅のいいおじさんが、わたしを見て物欲しそうな表情をした。
「セシル、こいつはコンラード・アンネス侯爵だ。アンネス、こいつが俺の妃だ」
クロヴィスが適当とも言える紹介をしたあと、アンネス侯爵はわたしの顔を凝視してきた。その視線が気持ち悪かった。
わたしはクロヴィスの隣に座り、わたしの後ろにシルヴァが立った。
ラーシュは少し離れた場所に控えている。
「これはこれは。噂通りお美しいお嬢さんですな。陛下が人間を連れて来たと聞いて驚いておりましたが、納得いたしました」
「そうか。それでは、マリエッタの処分も納得したんだろうな」
「ええ、もちろんです。マリエッタは、恐れ多くも陛下のご寵妃に刃を向けました。いかような処分を受けようとも文句は言いますまい」
マリエッタと言うと、北の地に来て3日目に襲い掛かって来た女の子だよね。この脂ぎったおじさんが、あのマリエッタの父親なの?全然似てないね。マリエッタは母親似なんだね。
「セシル。マリエッタをおまえに与える。虐待でも拷問でも、好きにするがいい」
「え?」
どういうこと?
「その代わり、オフェリアーナ達は、どうか寛大な処分をお願いしますぞ」
アンネス侯爵は、嫌らしい笑みを浮かべた。
話が見えないのだけれど。どうなってるの?
「クロヴィス、どういうことになっているの?説明して」
「あぁ。アンネス家には6人の娘がいるんだ。長女のオフェリアーナ、双子のアフィとエフィ、リートレット、エミル、そしてマリエッタだ。この6人が結託して、セシルの殺害計画を立てた。指示役はオフェリアーナ。残りの女達が城に入り込み、警備兵の目を盗み、マリエッタをセシルの部屋に忍び込ませたんだ。マリエッタを実行犯に選んだのは、計画を失敗に終わらせるためだとか抜かしてやがった。セシルを脅かして、アステラ大陸へ逃げ帰るようにさせたかったそうだ」
「マリエッタが実行犯なのはわかったけれど、その他の女の子達は?罪に問われないの?」
「そうだな。城へは正面から入ったからな。それ自体は罪じゃねえ。警備兵の目を盗んだのも、警備兵がぼんくらだったからだ。城の中で変身の魔法を使うことも、禁止じゃない。だが、セシルの部屋へ侵入したこと、刃を向けたことは罪だ」
「なるほど。ということは、マリエッタ以外は罪に問えないということ?共謀罪はないの?」
「共謀罪?」
「うん。複数の人で特定の犯罪を協議、実行することだよ」
「つまり、協力者も罪に問うってわけか」
「そう。確かに実行したのはマリエッタだけかもしれないけれど、オフェリアーナ達がいなければマリエッタはわたしの部屋までたどり着けなかったはずでしょ?マリエッタだけが罪に問われるのは間違ってると思う」
「セシルはこう言ってるが、どうするアンネス。侯爵として、どう責任をとる」
クロヴィスに問われたアンネス侯爵は、さきほどまでと違って表情が硬い。
アンネス公爵は、ポケットから出したハンカチで額の汗を拭った。
「娘達は………領地に帰し、屋敷に軟禁いたします」
「それで?」
「事件の首謀者であるオフェリアーナには、魔封じの腕輪を………」
「だめだ」
魔封じの腕輪?なんのことだろう?そう疑問に思う前に、クロヴィスが魔封じの腕輪を否定した。
アンネス侯爵の顔にほっとした表情が浮かんだのも束の間、クロヴィスが次の言葉を紡いだ。
「魔封じの腕輪では刑が軽すぎる。従属の首輪をさせろ」
「なんですと!」
従属の首輪って、奴隷に嵌めさせるという首輪だよね。それを、侯爵家の令嬢にさせると言うの?
「オフェリアーナ以外の4人の娘にも、従属の首輪をさせろ。それが飲めなければ、処刑だ。跡取り息子がいるんだ。娘達が死んだとて、問題ないだろう。」
「ぐっ………承知いたしました」
アンネス侯爵は憎々し気に言うと、「失礼します」と言って去って行った。