269 ハルシオン師団長
そうだね。実力差があり過ぎて、一方的にやられた感じがする。
「おや。見慣れない顔がいる。君は誰だ?」
師団長はわたしに気づくと、長い足を動かしてスタスタとこちらへやって来た。
自分達から注意が逸れたことを、地面に横たわる魔術師達は喜んでいるようだ。明らかにほっとしている。
「僕はグレン・ハルシオン。この魔術師団を任されている師団長だ」
「初めまして。わたしはセシルです」
わたしが名乗ると、ハルシオン師団長は目を輝かせた。
「おお!陛下が連れて来た人間の娘というのは君だね?第一騎士団を叩きのめした話は聞いているよ。魔法が得意なんだったね?僕にも見せてくれないか?」
第一騎士団を叩きのめした!?そんな話になってるの??うわぁー、恥ずかしい!
ハルシオン師団長は、わたしに期待の眼差しを向けて来る。
うん。ここへ来たのは、魔法のことを教えてもらうためだったじゃない。実際に見てもらうのが早いかもしれない。
意を決して、まだ地面に倒れている魔術師達を見た。荒い息をしていて、ローブは汚れ、顔や手には細かい傷が見える。
「じゃあ、回復魔法と清浄魔法をお見せします」
「そう?まあ、最初だしね。それでいいだろう」
ハルシオン師団長は派手な魔法を期待していたようだけど、これも、ある意味では派手なんだよね。
それに。この魔法は元気になったり綺麗になったりする以外は無害だ。この歳、手加減なしでやって、どこまでできるのか確かめるのもいいかもしれない。
わたしが続けて魔法を発動すると、辺り一帯が魔法に包まれた。赤の塔の周囲はもれなく魔法の恩恵を受けたと思う。清浄魔法の効果で、綺麗になった建物がキラキラと輝いて見えたから。
「おおっ!見事だ!簡単な魔法とは言え、これほど広範囲にかけられる者はそういないだろう。疲れはないか?体は怠くないか?」
「はい。まだ大丈夫です」
「ふ~む。これは、研究のし甲斐があるな。セシルと言ったな?僕の研究対象になる気はないか?」
「それは、考えさせてください」
「そうか」
「実は、ハルシオン師団長にはご相談があってここへ来たんです。アステラ大陸にいた頃から魔法を使えたんですが、こんなに強力ではありませんでした。魔大陸に来てから、魔法の威力が増しているんです。どういうことか、ご存じありませんか?」
「なるほど。それは興味深い」
ハルシオン師団長は目を輝かせながらわたしの話を聞いてくれた。
「立ち話もなんだ。僕の執務室へ行こう」
そう言われて、ご機嫌なハルシオン師団長のあとについていった。
ハルシオン師団長の執務室は書類が山積みで、忙しいのが一目で見て取れた。
応接セットがあり、わたしとハルシオン師団長が向かい合ってソファに座った。シルヴァはわたしの背後に立ち、護衛騎士は部屋の入口に立っている。
秘書と思われる人が、お茶と茶菓子をテーブルに置いて去って行った。その人がいなくなってから、ハルシオン師団長は口を開いた。
「さて。魔法の威力が上がっているという話だったね」
「はい」
「まず、魔法を使う上で魔素が必要になることは知っているね。この魔素の濃度が、アステラ大陸と魔大陸で違うことも」
「はい。でも、魔素の濃度が違うだけで魔法の威力が上がるなら、この城にいる皆さんの魔法がすべて高威力のはず。でも、そうではありません」
「そうだね。そしてもちろん、種族の違いというのもある。君は人間だが、この王城にいるのは魔族や獣人などの、魔法の扱いに長けた者達だ。しかし、その者達ですら、君のような威力の魔法を扱う者は稀だ。だからこそ、興味深い」
そう言ってお茶をすすると、顔をしかめたハルシオン師団長。苦かったのか、渋かったのか、そのどちらかだろうと思った。
けれどお茶に口をつけてみてびっくりした。甘いのだ。
これは、砂糖を入れて飲むような紅茶とは違う。爽やかな緑色の、風味を味わうお茶だ。それが甘いなんて、どうしてだろう?
「すまない。秘書が気を利かせたつもりなんだろう。あいつは………味覚が変なんだ」
それで秘書が務まるのなら、お茶出し以外は優秀なのかな?
「その、わたしが魔法のコントロールをできるよう協力していただけないでしょうか?こちらで訓練をしたいんです」
「それは願ってもない!むしろ、僕からお願いするよ。ここに住んで、僕の研究を手伝ってくれ!」
「あ、それは………」
激怒するクロヴィスの顔が浮かんだ。
わたしが赤の塔で寝泊りするなんて、絶対に許してくれないだろう。
ハルシオン師団長も激怒するクロヴィスの顔が脳裏に浮かんだらしい。体をぶるりと震わせた。
「すまない。いまのは忘れてくれ。陛下の怒りを買う気はないんだ」
「わかりました」
「ところで。後ろにいる男は誰だね?雰囲気が魔族とも獣人とも違うんだが………」
「彼はシルヴァです。悪魔なんですよ」
「なんと!かの黒焔のシルヴァか!」
ハルシオン師団長は立ち上がり、ソファの周りをぐるりと回ってシルヴァに近づいた。
「初めまして。僕はグレン・ハルシオン師団長です。お噂はかねがね………」
ハルシオン師団長はシルヴァが好きらしく、しばらくシルヴァを褒め称えるような台詞を並べ立てていた。
一方のシルヴァは、めんどくさそうな表情を隠そうともせず適当に相槌を打っていた。




