268 赤の塔へ
クロヴィスの言うことはわかる。でも、わたしはただの従者ではなく、友達として接したい。
あ、そうだ!
クロヴィスは、男性がわたしに触れるのが嫌だって言ったよね。それなら、エステルとフィーは大丈夫じゃない?エステルは女の子だし、フィーは両性具有だもの。
「クロヴィス。わたしはただの従者じゃなくて、友達が欲しいの。エステルは女の子だし、触れあってもいいでしょう?」
「………そうだな」
よかった!
「それなら、フィーは?怪鳥ツァラの子供なの。わたしが卵から孵したから、わたしを親のように慕ってくれてるの」
「怪鳥ツァラだと?あれは単体生殖する鳥だろう。たしか、両性具有じゃなかったか?」
「よく知ってるね」
「ではだめだ」
「………はい」
男はだめっていうわけね。
ある意味、わかりやすい。
そのとき、廊下にいる警備兵からシルヴァが到着したことが告げられた。
クロヴィスが入室の許可をすると、シルヴァひとりが食堂へ入って来た。
と思ったら、執事のラーシュが姿を現した。そうしてテーブルに朝食を並べてくれたのだけど、それはどう見ても二人分。シルヴァの分がない。
「どうして………」
「従者が主と共に食事をとるなど、ありえないことです」
答えたのはシルヴァだった。椅子を引いて、わたしが座りやすいようにしてくれている。
「でも、わたしはシルヴァも一緒に食べたかったよ」
「お気持ちだけいただいておきます」
シルヴァはにっこり微笑んでいるけれど、わたしはなんだかつまらなかった。クレーデルの領主館で、皆一緒に囲む食事が楽しかったからかもしれない。
そう思うと、クロヴィスとのふたりだけの食事が味気なく感じた。残すのが申し訳ないので頑張ったけれど、それでも残してしまった。
いつもは喜んで食べるわたしの異変に、クロヴィスが気づかないわけがない。眉をひそめている。だけど、無理に食べるようには言わなかった。
わたしはナイフとフォークを置くと、食後のジュースを断って、退出を願い出た。
すると、クロヴィスはため息を吐きながら退出を許可してくれた。
椅子から立ち上がるときも、傍で控えていたシルヴァがすっとやって来て手伝ってくれた。
お礼を言っても、シルヴァは一礼しただけだった。
………つまらない。前は、もっと気安い関係だったのに。
食堂を出ると、シルヴァと護衛騎士を伴って魔導師がいる赤の塔へ向かった。
赤の塔は魔術師達が魔術の研究、開発を行っている施設で、寝食を忘れて研究に没頭する魔術師のために宿舎と食堂が併設されている。魔術の訓練用に訓練場もあり、敷地は結構広い。
そして魔王の執務室など私室がある建物からは離れているので、各施設間の移動には馬を使う。
久しぶりにする乗馬は楽しかった。
でも、どこか心が晴れない。
シルヴァがわたしから距離を取っていて、それがつまらないのかもしれない。
赤の塔の敷地内に入ると、わたし達に気づいた馬番が馬を引き取りにやって来た。
馬番に手綱を預けて馬を任せたら、次にやることは魔術師達への挨拶!
まずは、赤の塔の責任者に挨拶をすべきだよね。やっぱり、一番高い所にいるのかな?
なんてことを考えながら、わたしは赤の塔へと足を踏み入れた。
すると、そこは黙々と研究に打ち込む魔術師達で溢れていた。大鍋でなにかを煮込む者、本を片手になにかをぶつぶつ呟く者、ガラスの実験器具を前に唸る者と様々だ。
とりあえず、一番近くにいた青年に声をかけた。
「すみません。責任者の方は、どちらにいらっしゃいますか?」
「魔術師師団長なら、訓練場にいるよ。………って、人間!?」
ぼさぼさの前髪をした青年が叫ぶと、その声を聞きつけて大勢の魔術師がわたしを振り返った。
「人間だよな?人間は醜いって聞いてたけど、この娘は可愛いぞ」
「人間ってことは、陛下が連れて来た娘だろ?」
「ああ!騎士団の訓練場を水浸しにした人間か!」
「師団長が、うちに欲しいって言ってたよな」
ちゅどーーーんっ!!
ぎゃあああああっ!!
外で大きな魔法が炸裂する音が響き、その後に複数の悲鳴が響いた。
爆風が建物の中にも吹き込み、部屋の中はめちゃくちゃになってしまった。
「くっそー!また師団長の仕業だぞ!」
「あれだけ、手加減してくれって言ってるのに!」
「実験がめちゃくちゃだ………」
「俺、自分の研究室が欲しい」
研究室には結界が張っていないのかな?………だから、この惨状なんだよね。
片付けだけで、今日が終わりそう。
外の訓練場を見に行くと、そこには砂煙の中でただ一人立つ人物がいた。青味がかった銀色の髪を振り乱しながら、地面に横たわる人達を眺めている。
「おまえ達、これしきの魔法が受けられないとは情けないぞ」
「そんなことおっしゃられても、我々は魔術師団に入って数年の若輩者ばかりです。師団長様の魔法を受けられる者はおりません」
「そうですよ。逃げるのが精一杯です」
「というか、受けたら無事じゃすまないでしょ」




