263 ディードランスト2
そんな思い出話を、クロヴィスに話した。
「あぁ。その男のことなら報告を受けている。だが、ディードランストとは違うだろう」
「そうだよね。ドラゴンの王が、人間の国に遊びに来たりしないよね」
あははと笑ったけれど、突然、雷に打たれたかのように記憶が蘇った。
「セシル、秘密だよ。僕の本当の名前は、ディードランストって言うんだ」
いたずらっこのような顔をして、片目をつぶってみせた顔がありありと思い出された。
「もし困ったことがあれば、獣人に僕の名前を言ってごらん。きっと助けてくれるからね。それとね、セシル。また会うときに素敵な女性になっていたら、僕のお嫁さんにしてあげるよ」
そう言って、ディーはにっこり笑った。
プロポーズの件も含めて、てっきり冗談を言っているのだと思ったわたしは、笑って流したのだった。
そのことをクロヴィスに話すと、「忌々しいトカゲめ!」と唸った。
そのとき寝室の外に人の気配を感じ身構えると、ノックの音が聞こえた。
「陛下、お邪魔して申し訳ございません。ディードランスト様がいらしています」
執事のラーシュの声だった。
「噂をすればなんとやら、か」
「いかがいたしましょう?」
「執務室で会う。エマとアナベルはどこにいる?」
「エマはセシル様の応接室にて控えております。アナベルはすでに休んでいるかと」
「わかった。エマにセシルの準備をさせろ」
「かしこまりました」
クロヴィスはシーツごとわたしを抱き上げると、部屋を横切って扉を蹴り開け、エマの名前を呼んだ。
エマはすぐに現れ、ベッドに降ろされたわたしの傍にやって来た。
「これからディードランストに会う。準備をしろ」
「かしこまりました」
エマが返事をすると、クロヴィスは自分の寝室へと戻って行った。
エマが開けっ放しの扉を閉め、手早く着替えの準備をしてくれた。
用意してくれたのは、いつものシャツにズボン、そしてブーツ。
「あら。首輪からペンダントに変えられたんですか?」
「そうなの!お願いしたら、ペンダントにしてくれたの」
「それはようございました。首輪では………お召し物を選びますからね」
そんなことを話しながら服を着て、準備ができたところでクロヴィスが扉を蹴り開けてやってきた。いつか、あの扉壊れるんじゃないかな。もしかして、それが狙いだったりして………。
クロヴィスに手を差し出されたので、その手を握った。
すると浮遊感があり、目の前の景色が変わった。
次の瞬間には、クロヴィスが仕事をするに相応しい重厚な机と応接セットのある部屋にいた。部屋の壁には本棚があり、なにやら難しそうなタイトルの本が並んでいる。
そして、ソファに座っていた人が立ち上がってこちらを向いた。
「やっぱりセシルだ!」
腰まである長い黒髪を後ろでひとつに結び、金色の瞳を大きくして喜びを露わにしている。そして両手を大きく広げ、わたしを抱き締めようとしている。
「会いたかったよ、セシル。あれから少ししてオーシルドを訪れたんだけど、君はいないって言われてね。正式にハンターになったって聞いたよ。おめでとう!それで気づいたんだけど、僕には少しの時間も、君には違うんだよね。うっかりしてたよ。だから、君の気配に気づいたら居ても立っても居られなくて、こうして駆け付けたってわけさ。本当にセシルなんだねえ。会えて嬉しいよ。でも、人間てこんなふうに成長するんだっけ?あれから4年しか経ってないよねえ?………うぐっ」
「少し黙れ、トカゲ野郎」
クロヴィスが、その長い足でディーのお腹に蹴りをお見舞いしたのだ。
「ちょっと酷いんじゃないかい」
ディーはお腹を押さえて「痛い」と言っている。
痛いという割には元気そうだ。
「ディーは相変わらずだね」
「あぁ、セシル!………ぐえっ」
今度はクロヴィスに顔を蹴られたディー。
痛そうに顔を両手で押さえているけれど、その綺麗な顔には靴の跡ひとつついていない。
「酷いよクロヴィス。これでも、ドラゴンの中で最上位の地位にいるんだよ。だから、僕にもセシルに触らせて!」
「たかがトカゲの王の分際で、セシルに触ろうってのか。許さん」
「なにその目つき!こわっ。やだなぁー。べつに、取って食おうっていうんじゃないんだから、大目に見てよ」
「会わせてやったんだ。十分、寛大だろ」
見た目はディーの方が年上なのに、このやりとりだけ聞いていたら反対に見える。実際、クロヴィスの方が年上なんだけどね。
「ねえセシル。ちょっとハグするくらいいだろう?」
「握手ならいいよ」
そう言って空いている手を差し出そうとすると、クロヴィスのマントに包まれてしまった。
「だめだ」
「大人げないなぁ」
ディーは肩をすくめて苦笑した。
「まぁ、いいさ。しばらくここにお世話になるから、その間よろしくね」
「だめだ。大体、どうやって城に入ったんだ」
「もちろん正面突破だよ。城下町グランヴィルから、転移の門を使って入ったに決まってるじゃないか。なかなか入れてくれないから、大変だったよ」
そういえば、城にはクロヴィスが結界を張っているんだよね。
「結界を破れないこともないけど、それをしたらクロヴィスに怒られそうだからやめておいた。偉いでしょ?」
「はぁ………当たり前だ」
クロヴィスはディーの言葉に頭を押さえた。




