262 ディードランスト
ぐったりとしたわたしから破れたシャツを剥ぎ取ると、クロヴィスはわたしをシーツで包み、抱き締めながらベッドに横になった。
「………ありがとう」
「裸のままにしておいたら、続きがしたくなるからな」
「え………」
それは無理。無理無理無理無理!!
だって、クロヴィスってばすごく大きいんだよ!?絶対無理だよ!
馬の交尾を見たことあるから、アレあれがどういうものか知っている。
だから、無理!
あんな大きなの、絶対に入らないよ!
わたしが悲壮な顔をしていたせいか、クロヴィスが宥めるようにわたしの頭を撫でた。
「大丈夫だ。痛くないとは言わないが、女の体は柔軟にできてる」
そんなの慰めにならないよ!
「くそっ。こんな話してたら、欲しくなるな」
イヤイヤと首を横に振ると、クロヴィスが苦笑した。
「わかってる。セシルが自分から求めてくるまで我慢するさ」
わたしがクロヴィスを求める?そんなことありえないよ。
………本当かな?いまだって、よくわからない欲望が体中を駆け巡っているのに、ありえないって言える?
快感が弾けて、満たされた感じがするのに、心のどこかにこれでは足りないと訴えているものがあるの。
こんなこと、いままでなかった。
………クロヴィスの傍にいるから?
相手がシルヴァでも、レイヴでも、こんなふうに感じたことなかったのに。どうしてクロヴィスだけ特別なんだろう?
そういえば。クロヴィスにはイヴリーサという妻がいたことは聞いたけれど、他に女性はいなかったのかな?こんなにいい男なんだもの。その気になれば、よりどりみどりだよね。
「ねえ、クロヴィス………」
「なんだ」
「これまで、恋人はいなかったの?」
「あぁ、必要ない。俺が欲しいのはセシルだけだ」
そう言い切り、クロヴィスはわたしの髪にキスを落した。
「じゃあ、イヴリーサは?どんな女性だったの?」
イヴリーサの名前に、クロヴィスはぴくりと反応した。けれど、わたしの髪に口をつけたまま、静かに話し始めた。
「………そうだな。イヴリーサは、悪魔の血を濃く引いていた。銀色の髪にアイスブルーの瞳をした、美しい女だった。あれの母親は黒い髪に黒い目をしていたが、いわゆる先祖返りってやつだな。戦いともなれば身長よりも長い大剣を振り回し、極大魔法を惜しげむなくぶっ放すとんでもない女だ。戦いを心から楽しんでいたな。だが、平和を心の底から望んでいた。イヴリーサがいた時代は、西の魔王が代替わりしたばかりで、まだ威勢がよかったんだ」
「西の魔王というと、パーシヴァルだね」
「そうだ。元は血気盛んな若造だった。領土を広げるためか、単に戦いがしたかったのか、よくわからんが………300年やり合って、ようやくあいつも落ち着いた。戦争で荒廃した土地も、いまじゃ豊かな土地に戻ってる」
長く生きている分、クロヴィスは苦労も多いんだろうね。
でも、戦争が300年続いたということは、その途中でイヴリーサは亡くなったことになる。悪魔の血を引いているとはいえ、その体は人間のものだから、そう長くは生きられないから。
「あいつは生きることに貪欲だった。いくつになっても体を鍛えることを怠らず、死の床についてからは「寿命が短いことが悔しい」と言って泣いていた」
それは………クロヴィスとの別れが辛くて泣いていたんじゃないかな。
「感情が豊かで、ドラゴンにも好かれていたな。ディードランストも、イヴリーサのことは気にっていたようだ」
「ディードランスト?」
「イヴリーサはディーと呼んでいた。ドラゴンの王だ。ドラゴンの王は、代々同じ名前を名乗るんだ。代替わりして、いまは若いドラゴンになっている」
「えっ、ディー??」
「なんだ。知ってるのか」
わたしが知っているディーは、32歳くらいのイケメンで、長い黒髪に金色の瞳をしたハンターだ。”彼”がいなくなった後、ふらりとハンターギルドに現れた。職業は剣士。でも魔法も使える。その年齢のわりに常識など知らないことが多くて、質のいい装備を身に着けていることからも、どこかのボンボンだと周りから思われていた。だけど、不思議とカモにされることはなかった。とても、人好きのする性格だったからかもしれない。
年齢だけで言えばベテラン。でも新人だから、できる仕事は薬草採取や住民からのちょっとした依頼などの簡単なもの。それを、文句も言わず笑顔でこなしているうちに、その見た目の良さから敵視していた他のハンター達もディーを認め出した。
当時、わたしは8歳だった。ハンター登録できるのは10歳からだから、わたしはハンターじゃなかったけれど、よくとうさまに付いてハンターギルドに出入りしていた。すでに身体強化の魔法が使えたから、ホーンラビットや鳥などの小動物を狩ったり、薬草採取した物をとうさまの名前でハンターギルドに買い取ってもらっていた。ハンターギルドではわたしが手に入れた物だということはわかっていたけれど、とうさまが一緒にいるということで大目に見てもらっていた。
そんなある日、森で出会ったのがディーだった。
ディーはわたしを年齢通りの子供としては扱わず、ひとりのハンター見習いとして扱ってくれた。わたしができること、やっていることを正当に評価してくれた。そして、馬鹿にしなかった。
初心者ハンターならあたり前の薬草採取も、ベテランになると馬鹿にする人達がいる。だけど、ディーは「薬草採取も立派な仕事だ。誇りを持っていい」と言って笑った。認められたことが、素直に嬉しかった。




