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258 魔法が不安定です

 クロヴィスはわたしのおでこにキスを落すと、「仕事があるあら、また後でな」と言って瞬間移動で去って行った。

 残されたのは、いまだ濡れた地面に膝をついた騎士の皆さまとわたし、そして護衛騎士のふたり。

「あー………クロヴィスもいなくなったし、立っていいですよ」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

 一斉に立ち上がる騎士達。その膝は、泥でしっかり汚れている。

「わたしのせいで、迷惑をかけてごめんなさい。いま、清浄魔法をかけますね」

 清浄魔法なら、過剰な威力で発動したとしても、面倒なことにはならないよね。

 

 と思っていたのに………。魔法は、またしても予想以上の働きをしてくれた。

 騎士達の服、鎧、ブーツに手袋までもれなく清浄魔法がかかり、まるで新品のような輝きを放っている。それどころか、訓練場にある建物、武器、防具もすべて輝いていた。なぜ!

 今度は慎重に魔法を発動したせいか、発動範囲は訓練場だけに留められた。だけど、わたしが予定していたのは騎士達の服だけで、それ以外はまるっきり想定外。

 これは、魔法の訓練をする必要がありそう。


「これほどの魔法の使い手は、なかなかおりません。このガウェイン・ランダース、セシル様をいささか見くびっておりました。どうぞ、お許しください」

「やめてください、ランダース団長」

「俺のことは、ぜひガウェインとお呼びください。それに、敬語も不要です」

「えっ!でも………」

「しかし、さすが陛下が選ばれたお方ですな。あの水球は、俺の力でも割れず焦りましたぞ!わっはっはっは」

 愉快そうに笑うランダース団長ことガウェイン。


 それから、わたしは剣と魔法の訓練をしたいことを伝えた。剣の腕はまだまだ騎士達の方が優れているし、魔法は不安定過ぎる。どう考えても訓練が必要だ。

 剣の訓練は了承してもらったけれど、魔法は魔導師に見てもらった方がいいと言われた。

 肝心の魔導師達は、そびえ立つ赤の塔にいて、日夜、魔法の研究と訓練に明け暮れているそうだ。

 移動に時間がかかるので、赤の塔へ行くのは明日になった。午後は部屋で昼食を食べたあと、エマが持って来てくれた本を呼んで過ごした。

 けれど、大きな魔法を続けて3発も発動させたせいか、3時を過ぎると眠くなってきた。簡単な魔法とはいえ、あれほど広範囲に発動させたのは初めてだもの。疲れが出たって仕方ないよね。


 それにしても。どうして立て続けにあんな魔法が発動したんだろう?人間の魔導師なら、最初の水球で魔力切れを起こしていてもおかしくない。でも、魔力はまだ残っているし、必要とあれば暗くなるまで戦うこともできるだけ体力も残っている。ただ、ちょっと眠いだけ。

 こんなのおかしい。

 たしかに、わたしは魔力量が多い方だけれど、ここまでじゃなかった。体力だって、人並だと思って来た。

 北の地に来てから、わたしの体が変わったの?

 濃い魔素が、わたしに影響しているの?


 まさか、わたしの中の悪魔の血が活性化しているとか?

 悪魔のシルヴァならわかるかな?でも、シルヴァにも原因がわからなかったらどうしよう。

 こんなに不安定な状態じゃ、アステラ大陸へ帰ることなんてできないよ。

 そうだ!図書室で、わたしと同じような症例がないか調べてみよう!

 待って。そういえば、明日、魔導師達がいる赤の塔へ行くんだった。魔導師達が、なにか答えをくれるかもしれない。図書室へ行くのはそれからだね。


 一安心したら、眠気が強くなった。

 寝室へ行き、ベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちた。

 人の気配を感じて目を開けると、すでに窓の外が暗くなっていた。

「お目覚めになってよかったです。セシル様、夕食の時間ですよ」

「う~ん。エマ?」

「ふふふっ。そうです。エマです。よくお休みでしたね」

「ふわぁ~っ」

「さあ、急いでお着換えください。もう時間がありませんよ」

 

 有能な侍女エマとアナベルのおかげで、わたしは素早く着替えることができた。のだけど、彼女達が着せてくれたのは赤いドレスだった。せっかくわたしのために用意したのに、着ないのはもったいない!と言われ、半ば強制的に着せられたの。

 そして「時間がない」と言いつつも、寝ている間に乱れた髪も直してくれた。

 

 食堂に着くと、クロヴィスがわたしのドレス姿を見て嬉しそうに目を細めた。

「これは待ったかいがあるな。セシル、綺麗だ」

「あ、ありがとう」

 そのときになって、ドレスがクロヴィスの瞳と同じ色なことに気づいた。

 気づいたら、クロヴィスの色を纏っていることが急に恥ずかしくなった。これじゃ、わたしはクロヴィスのモノです。と言っているようなものじゃない。


 そう考えると、なんだか、恥ずかしさより怒りのようなものがふつふつと湧いてきた。わたしは、誰にモノでもない。こんなふうに、クロヴィスの所有物のように扱われるのは気に入らない。

 首輪だけでもイライラするのに、指輪を嵌められ、今度はドレス………ここまでされて、イライラせずにいられるわけがない。

 エマとアナベル達侍女はニコニコしているけれど、正面にいるクロヴィスはわたしの変化に気づいていた。わたしの不機嫌さを、どこか面白がっている様子がする。


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