256 手合わせ
朝食のあと、クロヴィスは執務室へ向かい、わたしは護衛騎士と一緒に騎士の訓練場へ向かった。わたしの力が魔族や獣人相手にどこまで通用するか確かめておきたかったからね。
これまで相手にしてきたのは、10歳くらいの貴族のお嬢様や、放蕩息子と思われる貴族の令息とその護衛だもの。腕試しにもならない。
ちゃんと、騎士達の実力を知っておかないと。もし手練れと戦うことになったときに遅れをとったら困るよね。
きんっ
がきんっ
訓練場には、剣と剣がぶつかる音が響いている。
騎士達は、木剣か、刃をつぶした訓練用の剣を中心に訓練していた。他に大剣、槍を振り回している者もいる。
「ちょうど、第一騎士団が訓練していますね。あちらで監督なさっている方が、第一騎士団団長ガウェイン・ランダース。我々、セシル様の護衛騎士の上司だった方です」
第一騎士団は、主に王城と魔王であるクロヴィスの護衛を任務としているけれど、クロヴィスは誰よりも強くカンも鋭い。クロヴィスに護衛が必要ないという理由で、時々、城下町の見回りも行っているらしい。
ガウェイン・ランダースは背が高く、胸板が厚い大男だった。この場では、誰よりも圧倒的な存在感がある。額には斜めに走った傷跡があり、勇猛な戦士であることを示している。ケモノ耳も尻尾もないから、魔族かな?
わたしについて来た護衛騎士のひとりがランダース団長のところへ走って行った。訓練場を一緒に使ってもいいか、確認するためだ。
広い訓練場だから、端の方なら使わせてもらえるかもしれない。そう思っていたら、護衛騎士が走って戻って来た。
「ランダース団長が、セシル様にお話があるそうです。一緒に行っていただけますか?」
はて?訓練場を使いたいなら、挨拶しろってこと?それくらい問題ないけど、あの顔………なにか企んでいるように見える。
「初めてお目にかかります。俺は第一騎士団団長を任されております、ガウェイン・ランダースと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。セシルです」
近くで見ると、ランダース団長はますます大きく見えた。山だ。ここに山がいる!
「聞くところによると、ここで剣の訓練をなさりたいとか。どうです?うちの騎士と手合わせをしてみると言うのは」
その言葉には、どこか裏があるように感じた。気に食わない者を懲らしめようとするような、そんな響きがある。でも、わたしとしては望むところだ。
「えっ、いいんですか?ありがとうございます!」
にっこり微笑んで見せると、ランダース団長は一瞬驚いたものの、満足そうににやりと笑った。
そうして、わたしは第一騎士団の騎士と試合形式で手合わせしてもらうことになり、それまで打ち合っていた騎士達が場所を開けて、幾人が、わたしが打ちのめされるのを期待するような視線を向けて来た。
わたしが武器に選んだのは、刃をつぶした小ぶりな剣。短剣と呼ぶには長いけれど、剣と呼ぶには短い気がする。騎士の大きな手に合わせて柄は大きい。短剣に慣れたわたしには扱いずらいけど、武器が選べない場合もある。文句を言うのは筋違いだ。
対する相手の騎士は、訓練用の鉄剣を手にした。さりげない仕草で、魔法の刃を剣に付けていた。
わたしを傷つけてかまわないと、指示でも受けているのかな?
これは、気を抜けないね。
わたしはひっそり身体強化の魔法をかけた。
ちなみに、わたしは防具を身に着けていない。公平を期すためと、相手の騎士も防具を外していた。
訓練場の中心で、わたし達は距離をとって向かい合っていた。審判は、ランダース団長だ。
「よし。試合始め!!」
試合開始の合図を受けて、先手必勝とばかりに騎士が向かって来た。防具を身に着けていない分、動きが早い。
次々と繰り出される剣先を、手にした剣でいなしていく。それと同時に、必要以上に距離を詰められないよう後ろに下がった。
「逃げてばかりでは勝負にならんぞ!」
知ってる。いまは様子見なの。
騎士の剣戟は、覚悟したほど重くない。スピードはまぁまぁ早い。足運びはいい。でも、わたしが人間だからと侮っているのか、剣の動きが甘い。
だけど、身体強化の魔法をかけているからわたしにも余裕があるけれど、魔法の力がなかったら力及ばなかったと思う。さすがだね。
「少しはかかってこい!」
騎士が叫び、剣を突き出してきた。その刃にわたしの剣の刃を滑らせると火花が散った。 わたしの剣の刃が相手の剣の柄に当たった瞬間に力を込めて、剣を上へ跳ね上げた。剣は空中に舞い上がり、クルクルと回転しながら落ちて来た。
騎士の視線がその落ちて来る剣に向いた一瞬の間に、地面を蹴り騎士との間合いを詰めた。砂埃が舞い上がる。
「なんだいまのは!!」
誰かが驚きの声を上げた。
その声が訓練場に響いたとき、わたしは地面に騎士を押し倒し、胸元に跨るようにして乗っていた。そして、剣先を喉元に突きつけていた。
「そこまで!!」
ランダース団長の声が響き、わたしは剣を騎士の喉元から避けて騎士の体から降りた。




