250 通り魔か?
「死ぬ!死ぬ!痛いよ~!!」
シュベルクはうずくまって呻いている。ボロボロ泣いていて、顔がぐしゃぐしゃだ。
クロヴィスはと言うと、身長ほどもある大剣を振って、大剣についた血を飛ばしていた。そして、刃がむき出しのまま大剣をマジックバッグしまった。………中にある鞘にしまったんだよね?そうだよね?
「じゃあ、とりあえず………縛ろうか?」
「えっ?」
少女が不思議そうな表情をしている。
「だって、縛っておかないとなにをするかわからないでしょ?治安部隊に引き渡すのはそのあと」
「嫌だ!やめろおおおおおっ!」
叫ぶシュベルクを無視して、両手を体の前で結び、首にも縄をかけた。
本当は後ろ手に結びたかったけれど、それをやったら、背中の傷が痛みそうだったからね。可哀そうでできなかった。
そして、縄の先は、倒れているもうひとりの男の首と両手に結び付けた。
これで、ひとりだけ逃げることはできない。
「くそうっ。これじゃ、奴隷みたいじゃないか」
「えっ。奴隷がいるの?」
クロヴィスは奴隷制度なんて嫌いだと、勝手に思っていた。
「犯罪奴隷がいるな。それと、規制はしているが、見目のいい者を奴隷同然の扱いで囲う者もいる」
「そういうこと」
それなら、仕方ないよね。どこへ行っても、悪さをする連中は一定数いるようだから。
この、シュベルク・ミーズハズ子爵令息みたいに。
ため息をつき、近くにいたと理由だけで、倒れている男から治すことにした。回復魔法をかけると、ボロボロだった顔が綺麗に治った。
「なんだそれは!?おまえ、回復魔法を仕えるのか?早く俺にもかけろ!いますぐ!」
あー、うるさいな。こんなに元気なら、治してあげなくていいよね?
「そうだ。クロヴィス、こいつらを引き渡したいから、治安部隊を呼んできてくれる?」
「なんで俺が」
仏頂面でクロヴィスが答えた。
ちぇっ。クロヴィスに行ってもらうのが、一番早くていいと思ったんだけどな。
「だって、わたしはこの辺の地理に詳しくないし。ひとりじゃ呼びに行けないよ」
「じゃあ、わたしが行ってきます!」
「えっ。でも、その恰好じゃ………そうだ!このマントを使って」
わたしはマジックバッグからマントを出すと、少女に着せてあげた。
「あなた、名前は?」
「ミアです」
「じゃあミア。気を付けてね」
ミアは飛ぶように駆けて行った。
ミアの姿が見えなくなってから、クロヴィスがわたしに近寄って来た。
「大した腕前だな。身体能力も、魔法を扱う能力も申し分ない」
「とうさまから訓練を受けているからね」
とうさまが褒められたようで嬉しい。思わず笑顔になった。
「だが、本当にこんな奴らに手加減する必要があるか?」
「それをいうなら。クロヴィスだって、シュベルクの体を真っ二つにできたのにやらなかったでしょ?」
「セシルに返り血を浴びせないためだ。好きで手加減したわけじゃない。こんな奴、すぐに首を刎ねて………」
「だめ。ちゃんと罪を償わせないと、懲りないよ」
「こいつが懲りるような奴か?」
クロヴィスが冷淡な視線をシュベルクに向けると、シュベルクは壊れた人形のように首を縦にこくんこくんと振った。
そうこうしているうちにミアと治安部隊がやってきた。
「おお。確かに、賊はふたりだな。すでに縄で縛られて、手際がいい。君達、事務所で話を聞かせてもらえないか?」
「断る」
「「「「はっ?」」」」
すっぱり断ったクロヴィスに対し、治安部隊の人達は目が点になっている。
「セシル、もういいだろう。行くぞ」
「待ってクロヴィス」
「だめだ。もう十分、時間を無駄にした」
クロヴィスがわたしの腕を引いて、移動しようとしたとき。
首に巻いていたスカーフが、はらりと解けて落ちた。
慌ててスカーフを拾ったけれど、皆の目はわたしの首に釘付けだ。
「それは、奴隷の首輪か?」
「いや、それにしては豪華な………」
「この紋章、どこかで見たような気がするんだよな」
「紋章?………あ!陛下の紋章だ」
「え?陛下って………ベアテ陛下!?」
「「「「あああああああ!」」」」
首輪に刻まれた紋章が魔王ベアテのものだと気づいた治安部隊。大慌てでわたしに頭を下げて来た。
マントのフードを被り、わたしの横に立っている男性が魔王ベアテだとは気づいていない。
「お嬢様、賊の捕縛にご協力いただき誠にありがとうございます」
急に腰が低くなる治安部隊の隊長。
「もう行っていいな?」
クロヴィスが尊大な態度で言っても、嫌な顔ひとつ見せなかった。
「はい!もちろんです。どうぞお気をつけて!」
あ、そうだ。ミアの傷を治してなかった。
ミアに回復魔法をかけると、どよめきが起きた。
「おおっ。触れずに回復魔法をかけるところ、初めて見たぞ!」
「すごいな。さすが、陛下の奴隷」
うん?いま、聞き捨てならない言葉が聞こえたような………。
「陛下はすごい奴隷をお持ちだな」
やっぱり「奴隷」って言った!!