246 シルヴァ
「お願い。シルヴァにしか頼めないの」
シルヴァの口元が、ぴくりと動いた。
「なぜ、連れ帰ってほしいとおっしゃらないので?」
「それは………もう少しここにいたいの。それに、シルヴァだったらわたしを助け出してくれると思うけれど、クロヴィス相手じゃ無事じゃすまないでしょう?シルヴァに傷ついてほしくないの」
「クロヴィス?魔王ベアテの名ですね。………一部の者しか知らない、ファーストネーム」
あ、シルヴァも知ってたんだ。さすが、長生きしてるだけあるね。
「そうですか………わかりました。手紙をニキに届けましょう」
「ありがとう!」
明らかに不満そうだけど、約束してくれた以上、シルヴァが手紙を破り捨てたり、燃やしたりするはずがない。きっと届けてくれるだろう。
嬉しくなって立ち上がり、テーブルを回ってシルヴァの手を握った。
「信じているからね。シルヴァ!」
「くふふっ。ご期待に添えるよう善処いたします。しかし、手紙を届けたあとは………」
「あとは………?」
「直ちにセシル様のお傍へ戻り、お仕えしたく思います」
「えっ?」
あ、そっか。シルヴァはわたしと契約しているんだもんね。だから、わたしと一緒にいるのがあたりまえだと思っていて不思議じゃない。それに、シルヴァは公爵級悪魔だから、魔族達とも対等に渡り合えると思う。むしろ、アステラ大陸より、魔素の濃い魔大陸のほうがのびのび過ごせるんじゃないかな。
「………クロヴィス、いい?」
「なにがだ」
またしても不機嫌そうなクロヴィス。
わたしが、テーブルを回ってまでシルヴァの手を取ったせいかな。
あ、まだシルヴァの手を取ったままだった。
はたと気づいて手を離し、クロヴィスの隣に座った。
「シルヴァはわたしと契約しているの。だから、わたしがシルヴァを解放するまで傍にいてもらっていいかな?」
「………どうやって解放するのか知っているのか」
「あっ………ワカリマセン」
そういえば、シルヴァは勝手に召喚の儀をして現れた。そして、普通、召喚された悪魔は召喚者の願いを1つ叶えるくらいですぐにいなくなる。こんなに長い間、召喚者と行動に共にしたのは………イヴェントラくらい??
イヴェントラは、自分を召喚したシッセル女王と恋に落ちて、この世に密かに自分達の子孫を残した。そして、シッセル女王の臨終を見届けて悪魔界へ戻っていったそうだ。
まさか、シルヴァもわたしが死ぬまで悪魔界へ戻るつもりがないとか………言わないよね?
「私はセシル様の僕です。いついかなるときも、セシル様にお仕えいたします」
ああ!なんか言ってる!?
「いいだろう。セシルの護衛として、その力を発揮してもらおうか」
え、いいの?本当に?
クロヴィスの腿に手を置いて顔を見上げれば、クロヴィスがびっくりした顔をしていた。なぜ。
けれど、その顔はすぐに嬉しそうに崩れ、わたしを脇に抱き寄せた。
「本当にいいの?嫌じゃない?」
魔族は、人間が召喚した悪魔と度々戦ってきた。因縁だってあるはずだ。
「セシルのためならかまわない」
そう言って、クロヴィスはわたしの髪にキスを落した。
とたんに顔が赤くなる。
その様子を見て、今度はシルヴァが眉間に皺を寄せた。
「セシル様」
「はい」
つい、敬語で返事してしまった。
「直ちに行って戻って参ります。その手紙をいただけますか」
「あ、うん」
皺を伸ばした手紙を、テーブル越しに渡した。
「………」
「あ、シワシワだよね。ごめんね」
「なんでもありません」
そういう割には、なにか言いたげな様子だけれどね。
とりあえず、シルヴァは手紙をポケットにしまった。
「話はこれで終いだな。行くぞ、セシル」
「え、もう?」
寂しいな。もっとシルヴァと過ごしたかった。でも、すぐ戻って来るって言っていたし、少しの我慢だよね?
「セシル様、すぐに戻って参りますのでしばしお待ちいただけますか?」
わたしの心を察したシルヴァに話しかけられた。
そうだよね。ずっと離れ離れになるわけじゃないもんね。
「とうさま達によろしく伝えてね」
「心得ております」
そうして、わたしとクロヴィス、ラーシュは部屋を出た。
「じゃあ、そろそろ城下町へ行くぞ」
「えっ?」
「なにか問題か?」
「だって、その恰好で行くの?」
そうなのだ。クロヴィスは魔王然とした煌びやかな恰好をしている。これじゃあ、一目で魔王ベアテと気づかれるに違いない。わたしは城下町探索を行いたいのであって、住民にかしずかれる魔王を見たいわけじゃない。
そう言うと、クロヴィスはため息をついた。
「わかった。せっかくのデートだしな」
デート!?
いま、デートって言った!?
なんで、そんな恥ずかしいこと言うの??
なぜかデートだと意識したとたん、はずかしくて堪らなくなった。
速足で先に行こうとして、「一緒に行くぞ」と言われ抱き上げられた。ちぇっ。クロヴィスの方が足が長い分、歩くのも早かったみたい。
「ラーシュ、あとは頼んだぞ」
「承知いたしました」
ラーシュの返事が聞こえるか聞こえないかのタイミングで、クロヴィスは瞬間移動した。
着いた先は、衣裳部屋。黒を基調とした服が、これでもかと詰め込まれている。
クロヴィスはわたしをソファに座らせると、自分は平民に見えるよう質素な服を選んで着替えを始めた。
うわぁー、後ろから見てもいい筋肉してるなぁ。惚れ惚れしてしまう。
着替え終わったクロヴィスは、濃紺のマントを羽織った。そのマントには、見知った魔法がかけられていた。認識阻害の魔法だ。
なるほど。ただ質素な服装をしただけじゃ気品が溢れて、高貴な人物だというのが丸わかりだもんね。認識阻害の魔法を使えば、その高貴さが薄まる。
これで、貴族じゃなく、裕福な商人程度に見える。




