245 手紙
「本日の予定を伺いにまいりました」
ラーシュは、わたしがクロヴィスの膝に乗っていても眉ひとつ動かさなかった。
「予定通り、城下町へ行く」
あんなことがあったのに、城下町へ行くんだね。
「では、セシル様。シルヴァへの手紙はいつ用意されますか」
「あ、すぐに用意するね。待っていてくれる?」
「はい」
クロヴィスの膝から降り、テーブルに置いてあった便箋セットを持って机に向かった。
状況を簡潔にまとめ、元気にしているから心配しないでと書いた。
「ラーシュ。シルヴァにはすぐに会えるの?」
早く会って手紙を渡したい。
封筒に封をしながら聞くと、ちっと舌打ちが聞こえた。
振り向くと、クロヴィスが顔をしかめていた。
「声を弾ませやがって。そんなにシルヴァに会うのが嬉しいか」
見るからに不機嫌である。
「嬉しいよ?大切な仲間だもの」
クロヴィスが不機嫌だからって、宥めてあげる義理はない。
嬉しくてニコニコしていると、書いたばかりの手紙をクロヴィスに取り上げられた。それを、くしゃりと握りしめられた。
ぎゃあああああああ!!
前言撤回!クロヴィスの機嫌はとっておくに限ります!
「その手紙には、わたしの状況とか、心配しないように色々書いてあるの。返して!」
「ふんっ。後ろで見ていたから、なにを書いたかは知っている」
「シルヴァは大切な仲間なの。会えて嬉しくないはずがないでしょう?」
「俺は大切じゃないのか」
「それは………そうだけど………」
クロヴィスへの想いを口にするのは恥ずかしい。特に、クロヴィス以外がいるときには。
ちらりとラーシュを見ると、クロヴィスがラーシュに「出てろ」と言った。
ラーシュは大人しく応接間から出て行き、応接間はわたしとクロヴィスのふたりきりになった。
わたしは椅子から立ち上がり、クロヴィスと向かい合った。
ここまできて、言わないなんて選択肢はない。でも、恥ずかしい!
そこで、クロヴィスの磨き上げられた靴を見ながら言うことにした。けど、威圧を感じてすぐに顔を上げた。威圧怖い!!
「あの………ね」
「あぁ」
「わたしがキス………したいと思うのはクロヴィスだけだからね」
「!!」
わたしが渾身の力をふり絞って頑張ったというのに、クロヴィスは片手で口元を押さえ、「ぐうっ」だの「くそっ」だの悪態をついた。
「上目遣いでそれはないだろ………」
なにがないのかさっぱりだ。
手紙を返してもらえないのかと諦めかけたとき、クロヴィスはわたしの手にくしゃくしゃになった手紙を握らせてくれた。
「シルヴァに会うときは俺も同席する。それが条件だ」
「わかった。ありがとう、クロヴィス」
嬉しくて笑うと、またぶつぶつ言われた。なんなの。
クロヴィスと一緒に廊下へ出ると、ラーシュの他、エマとアナベルが待っていてくれた。
「エマとアナベルは部屋で待機だ。必ず、どちらかが部屋に残れ」
「「かしこまりました」」
エマとアナベルそして護衛の警備兵に見送られて、ラーシュの案内の元、わたしとクロヴィスはシルヴァがいる部屋へと向かった。
この城は山の頂にあり、魔王の私室や執務室など、重要な機関が集中している王宮の他、軍部、文官部、魔術部などがあり、当然のように牢獄もある。その中で、シルヴァは賓客などをもてなすための区域にいた。牢獄に閉じ込めても簡単に出て来てしまうだろうから、いっそのこと見張りも兼ねてもてなすことにしたらしい。
という話を、目的の部屋へ向かいながら聞いた。
いきなりシルヴァの部屋に瞬間移動して驚かせてはよくないからと、少し部屋から離れたところに瞬間移動して話を聞かせてくれたの。
「陛下がいらした。シルヴァはいるか」
ラーシュが扉に向かって声をかけると、扉が開いて見知った顔がわたしを見てにっこり微笑んだ。
わたしはラーシュを押し退け、シルヴァに抱きついていた。
「シルヴァ、会いたかったよ。元気?どこも怪我してない?」
「くふふっ。それは私の台詞でございます、セシル様」
「でも、どうしてわたしがここにいるってわかったの?」
「それは、部屋の中でお話しましょうか」
「うん」
シルヴァの促されて部屋の中に入る。そこは、わたしやクロヴィスの部屋よりは狭いけれど、とても煌びやかな部屋だった。
ソファにわたしとクロヴィスが並んで座り、向かいにシルヴァが座った。ラーシュは執事らしく、部屋の隅で控えている。
「皆はどうしてるの?びっくりしていたでしょう?」
「セシル様がいなくなってすぐ、クレーデル領主館では捜索が行われました。私は魔王ベアテの気配を微かに感じ取り、こうして単身、捜索にあたっていたのですが、無事お会いすることができてなによりです。特にニキ達に相談することなく出発したので、現在のあちらの状況はわかりませんね」
「そっか。心配かけてごめんね」
「セシル様のせいではございません」
「あ、そうだ。皆に手紙を書いたの。届けてくれる?」
そう言うと、シルヴァはとたんに表情を曇らせた。わたしの傍にいたいと顔に書いてある。




