244 ご褒美をくれ
「エマ、すぐにアナベルと警備兵を呼びなさい。私は陛下に報せてきます」
そう指示すると、ラーシュは応接間から消えた。彼も瞬間移動ができたらしい。
エマは扉から顔を出し、扉の前にいる護衛の警備兵を呼んだ。
警備兵は倒れているマリエッタに驚いたものの、介抱が先と判断したのか、マリエッタを抱きかかえて部屋から出て行った。
それと入れ違いに、アナベルが入って来た。
「いまのはマリエッタ侯爵令嬢では?どうしてここに………??」
混乱するアナベルに、エマが説明してくれた。
「こんな事態にもセシル様は冷静に対応なさっていて、さすがですね!」
「う~ん。相手が戦闘の素人だったからね。子供だったなら納得だね」
「そうでもないんですよ。魔大陸では、戦闘訓練も淑女の嗜みと見られていますからね。幼い頃から鍛えている方も珍しくありませんよ」
ふ~ん。レイヴから魔大陸は実力社会だと聞いたことがあるけれど、こんなところにもアステラ大陸との違いがあるんだね。
アナベルが壁に刺さったナイフに手を伸ばしたとき、クロヴィスが現れた。
エマとアナベルは、クロヴィスにお辞儀をして廊下へ出て行った。
クロヴィスは、壁のナイフを面白いものを見るような目でちらりと見ると、視線をわたしに巡らし怪我をしていないことを確かめた。
「無事みたいだな」
「あれくらいで怪我しないよ」
「だろうな。おまえが動揺したり怪我したりすれば、俺にも伝わったはずだ」
「この首輪には、わたしの状態を伝える機能もついているの?」
「そうだ」
えー、それは嫌だな。でも、万が一の時にはクロヴィスが駆け付けてくれるからいいのかな?………やっぱり嫌だな。
「ところで。マリエッタ令嬢はどうなるの?」
「あぁ。俺のモノに手を出したんだ。死………」
「だめ!」
「………?」
「死刑はだめ」
「なぜだ。おまえを殺そうとしたんだぞ」
「でも、結果的にわたしは無事だったし、あの子はまだ子供なんだよ。大人とは違うんだよ」
「だからなんだ。侯爵家の娘が、様々な事情を理解してないと思うのか」
「それはそうだけど。ひとりでここまで入り込めるわけないと思う。誰か協力者がいるはずだよ。そういう背景を探って、罪に見合った罰を与えればいいんじゃないかな?」
そう。いくら侯爵令嬢と言っても、あの子はまだ幼い。火の魔法も発動まで時間がかかっていた。そんな少女が、変身の魔法を使えるはずがない。背後に協力者もしくは黒幕がいるはず。マリエッタを実行犯にさせ、陰でその様子を見ている人物がいるかもしれないのだ。マリエッタは利用されただけかもしれない。
そう言うと、クロヴィスは考え込む様子を見せた。
「わかった。拷問してすべて吐かせてから死刑に………」
「だからだめだってば!マリエッタ令嬢は4大家門のアンネス侯爵家の令嬢なんでしょう?死刑にしたりしたら、アンネス侯爵家との関係にヒビが入るかもしれないよ!」
「大丈夫だ。あそこは、娘だけで6人いるからな。ひとりくらいいなくなっても気にせんだろう」
「………そんなこと言って。自分が逆の立場だったらどう思うの。怒り狂うんじゃないの?」
クロヴィスは眉間にしわを寄せた。
わたしが言ったことを想像して不快になったらしい。
「わかった。今回だけだ。情報を吐かせたら、アンネス家へ送り帰す」
「うん!」
「それじゃあ、ご褒美をもらおうか」
「………うん?」
ご褒美?なんの?妥協したから、我慢したからご褒美が欲しいってこと?
クロヴィスはニコニコといい笑顔でわたしを見つめている。
わたしになにを期待しているの?クロヴィスが貰って喜ぶものといえば………う~ん………思い浮かばないな。
そのとき、クロヴィスがくちびるをぺろりと舐め、心臓がどきんっと跳ねた。
クロヴィスはキスを待っているの?
そういえば、わたしからキスしたことはないよね。
………キスがご褒美になるのかな。
クロヴィスの服を引っ張り、注意を引いてから小声で言った。
「………ソファに座って」
クロヴィスは背が高いから、わたしからキスをするには屈んでもらうか、どこかに座ってもらうしかない。そうじゃないと、届かないんだよね。
クロヴィスは嬉々としてソファに座ると、「どうぞ」と言った。
「………目を閉じてね」
「わかった」
大人しく目を閉じたクロヴィスは、無防備に見える。まぁ、錯覚だけどね。魔王ベアテが、無防備なわけがない。
クロヴィスの足に手を置き、そっと身を乗り出した。
クロヴィスのくちびるに、わたしのくちびるが触れる。そのとたん、体に電気が走ったようになった。思わず離れようとすると、クロヴィスに抱き寄せられ、大きな手で頭をがっちり押さえられた。
気づけばクロヴィスの膝に乗っていて、深く口づけされていた。
頭を押さえられているので逃げられない。
だめ!このままじゃ、また………。
コンコンコン
びくうっ!
ノックの音に体が跳ねた。
クロヴィスは渋々わたしと顔を離し、最後にわたしのくちびるをぺろりと舐めた。
「誰だ」
キスを途中で止められたので、超絶不機嫌である。
「ラーシュでございます。陛下」
「入れ」
扉が開いて、執事のラーシュが入って来た。