241 言い間違えた?
指輪よりプロポーズが先と言うことは、クロヴィスはわたしを好きになってからイヴリーサだと気づいたことになる。
それが堪らなく嬉しくて、わたしはわんわん泣いた。涙が枯れるんじゃないかと思うほど泣いた。
クロヴィスは、笑いながらわたしを優しく抱き締めてくれた。涙を拭ってくれた。おでこや頬にキスをしてくれた。
「セシル………」
クロヴィスが懇願するような視線を向けて来た。
なので、容赦なくぶった切る。
「だめです」
「ちっ」
どうせ、キスだけじゃ我慢できなくなったとか、そういうことなのだろう。でも、わたしはそれ以上をする気はない。いまのところは。
たとえ、クロヴィスのキスで体がほてっていたとしても。
この体の疼きはなんなんだろう?
体が、なにかを欲して疼いている。
原因は、クロヴィスに違いない。だって、クロヴィスに再会するまでこんなふうになったことないんだもの。
体の疼きを堪えながら、ちらりとクロヴィスを見た。
「………!!」
あれ?クロヴィスの様子がおかしいな?
「おまえ………それ、狡い」
クロヴィスの顔が赤くなり、瞳が暗く翳った。
クロヴィスは片手で顔を覆い、長く深いため息を吐いた。
その様子は、なにかを切望しているようにも、飢えを堪えているようにも見える。
ふいに、”彼”の姿が脳裏によぎった。
強く、偉そうで、傲慢な雰囲気を纏っていた”彼”。でも、ふとしたときに寂しく泣きそうな表情をすることがあって、そのたびにわたしは”彼”の力になりたいと思った。
いま、クロヴィスは顔を隠して肩を震わせている。もしかして泣いてる!?
どうしよう!?どうしたら、クロヴィスは泣き止むかな?クロヴィスが喜ぶこと………好きなこと………あ、キスは好きだよね!ってキス!?うわぁー、うわぁー、恥ずかしい!でも………クロヴィスが喜ぶなら………少しくらいいいかな?
「あの………クロヴィス?」
「………??」
「キスして?」
あ、違った。「キスしようか?」って言おうとしたのに、間違った。
クロヴィス相手に主導権渡したらまずいことくらい、わたしでもわかる。
「………!!」
言い直そうと口を開けたけれど、マントを剥ぎ取られ、両手を掴まれて頭の上に押さえつけられた。
あれ?泣いてないな?
クロヴィスが上にのしかかってきていて、暗く翳ったふたつの瞳でわたしを見下ろしてきた。瞳には欲望の炎がちらついていて、バスローブごしにクロヴィスの肉体の熱を感じる。怖い!
でも、目を逸らしたらだめだ。獣を相手にするときは、目を逸らしてはいけないと教わった。
「キスして欲しいんだったな?」
クロヴィスは身を屈めて、わたしの耳元で囁いた。その息の熱に、わたしの背筋はぞくりとなった。
「ええと、違うの。クロヴィスが泣いているように見えて、慰めたいと思ったんだけど、言い間違えたの」
「そうか。慰めてくれるのか」
クロヴィスは、それはそれは嬉しそうに嗤った。
「!!………んうっ………んんっ!」
クロヴィスがキスをしてきて、体がどんどん熱を帯びていく。
「………はっ………あぁ!」
息が苦しくなって口を開けると、そこへクロヴィスの舌が差し入れられ、口の中を容赦なく探索された。
この感覚はなんなの?体の奥が疼いて、熱が込み上げて来る。体は触られていないのに、なぜか触れてほしくなる。快感で頭の中は真っ白になって、クロヴィスしか感じられない。クロヴィスでいっぱいになる。そう思った次の瞬間、わたしの中でなにかが弾けた。
「………………っ!!」
悲鳴がクロヴィスの口に飲み込まれた。
なにが起こったの?なにが………あぁ、頭がクラクラする。体は痙攣してる??どうして………。
クロヴィスがわたしの唇をぺろりとなめて、手を放してくれた。荒い息をしていて、満たされない欲求に耐えているようにも、満足しているようにも見える。
そうして、わたしを優しく抱き締めてくれた。
「大丈夫か?」
「なにが………はぁはぁっ………起きたの?」
「心配しなくていい。俺に任せておけ」
「うん?」
「セシルは快楽の絶頂を迎えたんだ。いまは体に力が入らないだろうが、じきなおる」
「それで?」
「このまま抱きたい」
「だめ!」
キスだけでもこんな状態なのに、抱かれたら………自分がどうなってしまうかわからない。怖い。
「くっくっく。わかってる。だから今夜は、自分の部屋で寝るんだ。こんな状態で一緒にいたら我慢できなくなるからな」
クロヴィスは欲望に翳る瞳で笑い、ベッドに起き上がった。
その言葉は嬉しかったけれど、どこか寂しかった。抱かれるのは嫌だけれど、一緒にいたかったから。
「そんな顔をするな。抱きつぶしたくなる」
ええ!そんな顔ってどういうこと?
しかも、抱きつぶすって………意味がわからない。抱くはわかるけど、なんでつぶすの?体の重みでつぶすの?
「どうした?」
「抱きつぶすってどういう意味?」
「あー………とりあえず、起き上がれないようになる」
「なるほど?」
よくわからないけど、碌でもないことなのはわかった。