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236 厨房へ

「さっさと寝ろよ。そうじゃなかったら、襲うぞ」

「え?」

 その言い方だと、夜伽ではなく、お昼寝しろと言っているように聞こえる。いまは昼だからね。

「なんだ。襲って欲しいのか?」

 意地悪い笑みを浮かべて、クロヴィスが言う。

「ち、違う!そんなわけないでしょ!」

 そうだ。そんなわけがない。ブンブンと首を横に振った。

「さっきのキスで興奮してるんだ。俺が我慢してるうちに寝ろよ」

 今度は縦に首を振った。


 そうは言っても、そう簡単に眠れるわけがない。溢れんばかりの色気を垂れ流す男が目の前にいるのだから。しかも上半身裸で、それが目を引く。気にならないわけがない。

 クロヴィスはわたしを包み込むようにシーツをかけてくれたけれど、自分にはシーツをかけていないのだ。どうしたって見えてしまう。

 思わず、両手で顔を覆った。

 その手を取り、クロヴィスは自分の心臓の上に重ねた。ドキドキと、鼓動が少し早い。

「セシル。俺の心臓をおまえに捧げる。俺はおまえのモノだ」

「なんで………?」

「愛してるからだ」

 そのまっすぐな言葉が胸に刺さる。だけど、はいそうですか。と言うわけにはいかない。わたしは皆のところへ帰るんだから。

 反論しようと口を開いたとき、「もう寝ろ」と言われておでこを指で弾かれた。痛くはなかった。でも、意識が遠のく。催眠の魔法………?


 目が覚めたとき、わたしはクロヴィスの腕の中にいた。

 どうやらクロヴィスは眠っているらしく、瞼を閉じていて、わたしの腰に回された腕にも力が入っていない。

 重いその腕を避けてベッドから出ようとすれば、がっしりと腕を掴まれた。

「………どこへも行くな」

 寝起きのせいか、気だるげな表情で言われた。

 うわぁー!なにこの色気!?

 見てはいけないものを見てしまったような気になるのはなんでだろう??


「しかし、よく寝たな………。普段、昼寝などしないんだが」

 わたしが逃げないことがわかったのか、わたしから手を離し、むくりと起き上がったクロヴィス。

 そのとき。


 ぐきゅるきゅる~。


 お腹の虫が鳴いてしまった。

「くっくっく。なにか食わせてやる」

 言うが早いか、ベッドを降りてわたしをひょいと抱き上げるクロヴィス。次の瞬間には、どこか廊下へ瞬間移動していた。

「陛下!?」

「ベアテ陛下だ!!」

「今日も麗しいわ~」

「なんで服をお召じゃないんだ?」

 廊下にいた人がなにか言いながら廊下の端に寄り、道を開けてくれた。


 どかっ!


 廊下を少し進むと扉があり、例のごとく蹴り開けるクロヴィス。

 そこは厨房だった。

 多くの料理人達がせわしなく働いていたが、音に驚いて振り向いた。そしてクロヴィスに気づくと、一斉に気をつけの姿勢で頭を下げた。

 厨房には食堂が併設されていて、食堂にいた警備兵達も慌てて立ち上がり頭を下げた。

 そんな中、料理長と思われる年配の男性が前に進み出て、恐る恐る話しかけて来た。

「陛下、こちらにはどのような御用でしょうか?なにか不手際でも………」

 料理長は他の料理人同様に顔が青ざめていて、体が震えている。


「セシルが腹を空かせている。なにか作れ」

「ええと、なにかとは………?」

 震えながら、聞いてきた料理長さん。

 うん。具体的なこと言ってもらわないと困るよね。

 クロヴィスが答えないので、料理人達は青い顔をさらに青くしている。

「あの~、ハムとキュウリのサンドイッチは作れますか?」

 わたしが声をかけると、料理長はあきらかにほっとした顔で頷いた。

「はい!すぐに用意いたします!」

「では、すぐにやれ」

 そう言うと、クロヴィスは食堂へ足を向けた。


 大慌てで料理長さんがサンドイッチ作りに取り掛かり、数人の料理人が手伝うべく動き出した。他の料理人は、いまだ頭を下げたまま動けないでいる。 

 食堂では休憩中の警備兵達が食事の最中だったらしく、それぞれの前に食事が載ったトレーが置かれている。

 たまたま空いていた長テーブルの端の椅子に、わたしを抱いたまま座るクロヴィス。

 まさか、ここで食べるの!?という視線を、痛いほど感じる。

 頭を下げたままとはいえ、クロヴィスが連れたわたしのことが気になるらしく、チラチラと見てくるのだ。


「あ~、今日の飯はなんだろなぁ」

 あ、この状況を知らない警備兵達が入って来た。

「ええっ!?陛下!!申し訳ありません!!」

 クロヴィスに頭を下げ、慌てて食堂から出て行く警備兵。

 わたしのお腹が鳴ったせいで………申し訳ない。

 そもそも、魔王なら直接、厨房に来るんじゃなくて、ラーシュや侍女に命じて部屋に運ばせればいいのに。どうしてそれをしないの?


「??」

「………!」

 なにかに気づいた食道の警備兵達が、にわかにざわつき始めた。

「あれ………」

「爪の跡だよな………?」

「陛下に傷を負わせるなんて。誰がやったんだ?」

 クロヴィスの背後にいる警備兵達には、クロヴィスの首につけた傷が丸見えらしい。ひそひそ声で話している声が聞こえて来た。

 しまった。すぐに回復魔法で治せばよかったのに、忘れていたよ。

 警備兵達の話し声に気づいたクロヴィスは………って、気づかないわけないよね………機嫌よさそうにくっくと笑った。



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