234 よそ見はするな
「愛してるからだ」
そう言って笑うクロヴィスは、心から愛おしそうにわたしを見つめている。
その視線がくすぐったくて下を向くと、「俺を見ろ」と言われた。
「無理」
顔を両手で覆って、ますます下を向いた。
「くっくっく。そうか」
面白がっている様子の声が、頭上から降って来た。
そしてふいに、椅子に降ろされた。
「飯の時間だ」
いつの間にか、食堂へ来ていたのだ。
わたしを椅子に座らせると、クロヴィスは向かいの椅子に座った。
執事のラーシュはもちろん、エマやアナベルといった侍女達も控えている。
朝食を食べたのが遅かったので、お腹は空いていない。でも、こうして食堂まで連れて来られた以上、食べないわけにはいかない。困った。
そんな思いが、顔に出ていたらしい。
「俺が食べる間、そこに座っていろ。おまえは無理して食べる必要はない」
そう言われてほっとした。
クロヴィスは姿勢もよく、食べる姿も綺麗だった。食べる姿まで絵になるなんてすごいね。
そんなクロヴィスが食べる姿を眺めながら、わたしの頭の中は逃げ出すことでいっぱいだった。わたしは籠の中の鳥じゃない。自由に飛び回りたい。閉じ込められるなんて真っ平だ。
首輪に、指輪まで付けられて………こんなの、邪魔でしかない。第一、どうして薬指なの?他の指じゃだめなの?これじゃあ、結婚指輪みたいだよね?………クロヴィスは、そういうつもりなのかな。わたしが自分のモノだって自己主張してるわけ?
そんなことしなくても、普通、魔王ベアテが連れて来た小娘に、臣下は手を出さないでしょう?なにかして、魔王ベアテの怒りを買うのは怖いもんね。
でも、わたしを邪魔に思う人はいるはず。そういう人達は、わたしがこの城から逃げ出すのを手伝ってくれないかな?う~ん。
とりあえず、首輪と指輪がどんな効果を持った魔道具なのかを知らないと先には進めないし、外すこともできないだろう。魔道具を扱っている魔術師と仲良くなれば、情報をくれるかな。
それとも、この首輪を用意した執事のラーシュに聞けばいいかな?どうしたらラーシュは首輪のことを教えてくれるだろう?
そう考えてラーシュを見ていると、顔を掴まれた。
「俺の前で、堂々と他の男を見るとはいい度胸だな?」
え~~!そんなことで怒る?
目が座っているんですけど………怖いよ。ほら、ラーシュがじりじりと後ずさりしてる。侍女達も、体が震えている。
「えっと………首輪を外す方法をラーシュが知らないかなぁ~と思って………」
「なんだ。そんなことか」
そう言うと、クロヴィスはわたしの顔を掴んでいた手を離し、首輪に触れた。その瞬間、カチリと音がして首輪が外れた。
わたしは、クロヴィスの手にある首輪を凝視した。
なっ、なっ、なんで~~~!?
唖然、呆然である。
「俺の魔力に反応して外れるようになってるんだ」
驚いているわたしをよそに、クロヴィスは身を乗り出して再び首輪をわたしの首に嵌めた。
はあ~~~!?
なんで、また首輪をするかなぁ?
わたしがジト目で睨むと、クロヴィスはニヤリと笑った。
「完全に俺のモノになれば外してやるよ」
「??」
言われた意味がわからなかった。
「ドロドロに愛してやるから、早く俺のモノになれよ。セシル」
クロヴィスは真剣な眼差しでわたしの左手を取り、わたしに見せつけるように手の平にキスをした。突然の刺激に心臓が跳ね上がる。
クロヴィスはわたしの反応を楽しむように嗤い、耳に触れて来た。優しく触れてくるその大きな手の動きに、わたしの心臓はおかしな動きを見せる。
「可愛いな」
「!!」
もうやめてえ~~~!!
「フッ」
妖艶に微笑むと、クロヴィスはようやくわたしに触れるのをやめて椅子に座った。ただし、獲物を前にした獣のような目をしていて、その大きな体からは立ち上るような色気を感じる。
あぁ、早く部屋に戻ってひとりになりたい!
クロヴィスが綺麗な所作でランチを食べている間、暇なのでその姿を眺めることにした。
ふと、昔のことが思い出された。
”彼”は、少し線の細い少年だった。背はいまのわたしより高く、均整のとれた細身の体に美しい顔の少年は人目を引いた。どんなに誘っても家に入ることはなく、いつも外で過ごした。人目を引く”彼”は、いつも注目の的で、多くの女性を虜にした。けれど”彼”が一緒に過ごす相手に選んだのはわたしで、それが不思議だった。子供のわたしといるより、もっと年上の女性と過ごす方が楽しいのじゃないかと思ったのだ。
”彼”は、わたしに特別優しかった。他の人にも笑顔を向けるけれど、それはどこか作り物めいていて、わたしに向けられる無邪気な笑顔とは違っていた。なぜ、特別扱いしてくれるのかわからなかった。でも、友達のいないわたしにとって、”彼”は特別だった。初めての友達で、初恋の相手だった。
………そうだった。幼いわたしは、”彼”に淡い恋心を抱いたのだ。好きだった。
でも、”彼”はいなくなった。恋心は、泡と消えた。




