232 ペガサス!!
手を放してもらってからも、わたしの手にはクロヴィスのぬくもりが残っていた。それがまたイラっとした。こんなぬくもりなんていらない。わたしは皆のところへ帰りたい。
でも、いまのわたしには皆のところへ帰る方法はない。瞬間移動はできないし、空を飛ぶこともできないから。
だったら、帰る手段を手に入れるまでは、この城にいるしかない。だからおとなしく我慢………なんてできるかー!!
わたしは乱暴にドレスの袖で涙を拭った。
「これ以上クロヴィスの顔を見ていたら殴りそうなので、部屋へ戻らせてもらいます」
テーブルには手つかずの美味しそうな朝食が残っていたけど、いまさら食べる気にはなれない。
「そうかよ」
物騒な言葉にクロヴィスはくっくと笑っていたけれど、執事ラーシュと侍女達は顔を引き攣らせている。
食堂を飛び出したわたしのあとを、エマとアナベルが慌てて追いかけて来た。
部屋へ戻ると、ドレスを脱いで動きやすい服装に着替えた。髪は解くのが面倒なので、結われたままにしておいたけどね。
「あの、なにをなさっておいでなのですか?」
「なにって着替え。これから城を探索するのに、ドレスじゃ動きにくいでしょ」
「それでは、私がご案内します」
ひとりで探索するつもりだったけれど、考えてみれば、案内人がいたほうが都合がいい。色々と。
それで、エマに案内してもらうことにした。
「お願いするね」
「はい、お任せください!」
ところで。わたしがクロヴィスを叩き飛ばして開けた壁の穴は、綺麗に修繕されなくなっていた。魔法かな?魔法だよね?そうじゃなきゃ、こんな短時間で壁の穴を直せるはずがない。
魔法で思い出したけれど、魔大陸はアステラ大陸より魔素の濃度が濃い。つまり、魔素の影響を強く受ける魔法は、その威力が底上げされる。レイヴから、魔大陸ではアステラ大陸より魔法が発達していると聞いたことがある。魔道具の種類も豊富にあるらしい。魔性動物も、多くいるに違いない。
会ってみたいなぁ。魔性動物。
そう言うと、飼育場へ案内してくれた。
なんの飼育場かと言うと………なんと、ペガサス!
えーーー!嬉しい!!
王城は切り立った崖の上に建っていて、下界との移動手段としてペガサス使われているらしい。
ペガサスの飼育場は広い放牧スペースと厩舎があり、柵で囲まれた放牧スペースとその手前の広場からは王城の様子がよく見てとれる。空に向かって伸びるような王城の姿は、針の城と呼ばれるらしい。一階から最上階まで、どれほどの階段を昇り降りするんだろう?絶対、足腰つらいよね………。
わたしがそう言うと、エマが答えてくれた。
「5階ごとに転移の間が用意されているので、そこまで大変ではないですよ」
ただし転移の間は同じ建物内の上下階の移動だけ使えるようになっているので、別の建物へは回廊を使わなければいけないということだった。
見れば、高い建物同士を繋ぐ回廊がいくつもある。まるで、迷路のような造りだ。
城下町は遥か下にあり、城下町と王城を繋ぐ転移門があるそうだ。
さすが魔大陸、魔法が発達している。
飼育場にいたのは、獣人から魔族までさまざまだった。その人々が、手を止めてわたしに注目していることは気づいていた。
ここは魔大陸。人間を見たことがある人なんて、限られているに違いない。
「あれが人間………」
「陛下が連れて来たんだろ?」
「可愛いな………」
「ばか!陛下を殴り倒したって聞いたぞ!?」
「えっ!じゃあ、陛下並みに強いのか!?」
なんでその話が広まってるの!!
ぎょっとした視線がいたたまれない。
視線をペガサスに移し、柵に近づいた。
なんで飛べるペガサスに柵があるのかと思ったら、人が近づかないための境界線だと説明された。
そのとき、空を静かに飛んでいた一頭のペガサスがふわりと降りて来た。漆黒の艶のある毛並みが美しく、他のペガサス達よりひと回り大きく威厳がある。クロヴィスのペガサスかな?
『人間とは珍しい』
突然、誰かが話しかけて来た。
誰だろうとキョロキョロしていると、さっきの漆黒のペガサスが近づいてきた。
『おまえが王の妃か』
『妃!?』
『違うのか?』
『違います!』
ムッとしていると、漆黒のペガサスが目の前に来てヒヒンッといなないた。鼻息がかかる距離だ。
「おい!王が人間に話しかけてるぞ!」
「ほおっておいて大丈夫か?」
「いや、どうしろって言うんだよ!」
周囲で見ている人々が、ざわつき始めた。
『わたしはセシルです。あなたは?』
『我はジラルディン。ペガサスの王だ』
『ペガサスの王にご挨拶申し上げます』
『うむ。セシルよ、よく来たな』
ジラルディンは、わたしの挨拶に満足そうに頷いた。
『セシルよ。王はおまえのことを長いこと待っていた。手加減してやってくれ』
『えっ?』
『王を殴り倒したそうだな?』
『えーーーー!!』
その話、ペガサスにも伝わってるの!?誰が噂を広めてるの!!