230 俺を見ろ2
クロヴィスの体を押し返そうにも、両腕をがっちり掴まれていて動けない。身体強化の魔法をかけているのに、クロヴィス相手では歯が立たないらしい。力の差を見せつけられて悔しかった。
「それで。なぜ泣いていた。シルヴァが恋しいのか?」
「えっ?シルヴァはただの仲間だよ」
「本当にそれだけか?」
「うん」
わたしはきっぱりと言い切った。
シルヴァからは「嫁にしたい」と言われているし、ドキドキすることもあるけれど、いまのところ仲間以上の関係ではない。
皆は、突然わたしがいなくなって心配していると思う。フィーなんて、心細くてめそめそしているかもしれない。
「だったら、なぜシルヴァを呼んだ?」
「えっと………いつも一緒に寝ていた………から?」
「なんだと!」
憤怒とは、こういう状態を言うのかと初めて知った。怒りのあまり、頭から湯気が出そうだ。鋭い目つきは人を射殺せそうで、わたしは背中に嫌な汗をかいた。
「くそっ。もう二度と、他の男と寝るな!!」
「………はい」
怖くて、思わず敬語になる。
「やっぱり、あのとき攫ってしまうんだった………!」
「あのとき………?」
「セシルが、まだガキだったとき、だ。俺の手で育てるんだった。そうすれば、こんな思いをしなくて済んだんだ」
わたし達が過ごした、4年前の夏のことを言っているのだとわかった。
「だが、手遅れになる前に連れ出せてよかった」
ほっとした表情をして、クロヴィスはわたしにもたれかかってきた。さっきまでは、肘と膝をついて自分の体を支えてくれていたのだ。
「………重い」
色々と。
「そうかよ」
クロヴィスは機嫌を直したらしく、くっくと笑い体を起こした。
ついでに、わたしの手を引いて上半身を起こしてくれた。
クロヴィスはベッドから立ち上がり、寝巻を直すと侍女を呼んだ。
「エマ!」
「はい!只今」
応接室に通じる扉から、侍女がひとり入ってきた。
美しい女性だった。角も尻尾もないから獣人じゃない。だったら、魔族かな?
「セシルを風呂に入れて磨き上げろ」
「はい。お任せください」
「俺も風呂に入って来る。セシル、あとでな」
そう言って、クロヴィスは自分の部屋へ戻って行った。
はぁ………怖かった。
昔のクロヴィスはあんなに怖くなかったのに。あれが本当の姿だっていうこと?
そういえば。クレーデル領主館の庭で会ったときは、ペンダントの力で、力を抑えていると言っていた。昔も、あのペンダントを使っていたのかもしれない。
そもそも。どうしてオ・フェリス国にいたんだろう?
「セシル様。私はセシル様付きの侍女エマでございます」
思考の海に溺れそうになっていると、侍女が自己紹介をしてきた。
慌てて返事をする。
「あ、セシルです。よろしくお願いします」
「セシル様は陛下の大切なお方。私などに、敬語はおやめください」
そうにっこりと微笑まれては、返す言葉がない。
クロヴィスがわたしを特別扱いしているのはわかる。自分の寝室の隣の部屋を用意してくれたくらいだしね。
あれ?普通、王の隣の部屋は王妃の部屋と決まっている。その部屋を与えられたわたしは、つまり………そういうことぉー!?
クロヴィスは、わたしを妃として迎えようとしているってこと!?
うわぁー、うわぁー、なんで?どうして?
「セシル様、浴場へご案内いたします。こちらへどうぞ」
ひとり混乱するわたしは、エマに連れられて浴場へと向かった。
「まぁ、シミもほくろもないのですね。綺麗な肌ですわ。これなら、陛下もお喜びになりますわ」
浴槽に沈んだわたしの体を洗いながら、エマがなにか言っている。
でも、混乱するわたしにの耳にはエマの言葉が届かない。
だって。わたしにとってクロヴィスは初めての友達で、一か月だけ一緒に過ごしただけの変わった少年だもの。確かに、別れ際プロポーズみたいなことは言われたけれど、そこまで彼がわたしを気に入る理由がわからない。
本当にクロヴィスが魔王ベアテなら………本当なんだろうけど………当時8歳だったわたしを欲しがる理由がわからない。もしかして、幼女趣味なの!?いやいやいや、それなら、あのとき攫っていたはず。
いまになって現れたのは、わたしが成長したから?最近12歳の誕生日を迎えたばかりだけど、見た目は16歳に近い。女の子なら、結婚できる年齢だ。だから迎えに来た??
あれ、それはおかしいよね。だって、8歳のときに別れて以来、クロヴィスとは会っていないんだもの。わたしの容姿が変わったことだって知らないはず。
「まぁ。髪も綺麗ですね。まるでシルクのようにサラサラ、艶々です」
「え?ありがとう?」
考えに夢中で、ちっとも話を聞いていなかった。なんて言っていたんだろう?
「さあ、浴槽から上がってください。体と髪を乾かしましょう」
エマに促されて浴槽から上がると、タオルで体を拭いたあとバスローブを着せてくれた。髪は魔法で乾かすらしい。