228 ”彼”が来た3
そういえば。と思う。魔王と言うからには、溢れる魔力や威厳に溢れた気配がするものでは?それなのに、クロヴィスからはそれが感じられない。たしかに、強そうだし、魔力も感じるけれど、特別強そうかと言うと、そうとは言えない。なぜ?
「ん?どうした?」
わたしがクロヴィスを見つめながら考え事をしていると、彼は惚けたような笑顔で聞いてきた。
なんだか恥ずかしい。
「どうして、あなたを脅威に感じないんだろうと思って………」
視線を逸らしながら答えた。
「あぁ。それは、このペンダントのおかげだな。俺の力をかなり抑えてくれる。いまの俺は普通の人間みたいだろ?」
そう言って、クロヴィスはくっくっくと笑った。
「行くぞ」
その声は、歓喜に溢れているように聞こえた。まるで、待ちわびた時がきたかのような………って、ちょっと待って!さっき城へ行くって言ってた!つまり、魔王の城へ行くってこと!?そんなのだめーーー!!
「待っ………!」
待ってと言おうとして、途中で声が途切れた。
体を襲う浮遊感。それにびっくりしたから。
体がふわりと浮いた。と思ったら、次の瞬間、目の前の景色が一変した。
そこは、黒を基調をした家具で上品にまとめられた部屋だった。キングサイズのベッドがあることから、寝室だとわかる。
ここはどこ?
疑問が顔に出ていたに違いない。クロヴィスがフッと笑って教えてくれた。
「ここは、俺の寝室だ」
コンコンコン
ノックの音がして、クロヴィスが「入れ」と言うと、執事らしき男性が小箱を手に部屋に入って来た。
「ご用意できております。どうぞ、お確かめください」
そう言って差し出された箱をクロヴィスが開けると、そこには首輪?が入っていた。銀色の金属に、ドラゴンと蔓草の図案が描かれている。小さな宝石もちりばめられていて、見事な細工物だと思った。
「上出来だ」
クロヴィスは満足そうに唸った。そしてわたしをソファに座らせると、その首輪を手に取った。
「うざいだろうが、おまえを守るためだ。我慢してくれ」
「えっ?」
まさか、その首輪をわたしにはめる気!?
抵抗した。というか、抵抗しようとした。だけど、後ろから執事らしき人に肩を抑えられ、前からはクロヴィスに見つめられ、身動きができなかった。
いつのまにかペンダントを外したクロヴィスは、圧倒的な雰囲気を纏っていた。楽しそうに笑っているのに、その視線に射殺されそうな恐怖を感じる。嫌な汗が背中を伝った。
カチャリ
金属が合わさる音がして、首輪はわたしの首にはまった。
クロヴィスは、首輪の図柄、つまり紋章を指でつつきながら言った。
「これは俺の印だ。俺のモノに出を出そうとする馬鹿は、この北の地にはいない。もう安心していいぞ」
そう言われて安心できるわけがない。
だってここは、魔大陸の北の地………つまり魔王ベアテの支配領域らしい。魔族がうじゃじゃといる場所で、どうやって安心しろって言うの。
それに、仲間と引き離されて心細かった。皆、今頃どうしているんだろう?わたしがいないことに気づいたかな?気づけばずっと一緒にいたシルヴァも、いまはいない。
この先のことを考えると、不安でしかない。
「そういえば………」
頭上から声が聞こえて、なんだろうと顔を上げると、目の前にクロヴィスの顔があった。息がかかるほど近い。思わず、顔が赤く………なりはしなかった。恐怖から、手のひらにじっとりと嫌な汗をかいた。
「セシル。どうして俺の名を呼ばない?」
「えっ?」
どうしてと言われても、魔王の名前をそう簡単に呼べるわけがない。
「言ってみろ」
真剣な表情で迫られて、目をそらすこともできない。
「キ………」
「魔王ベアテ!」
キスで脅すなんてひどい。慌てて言った。
すると、クロヴィスは不満そうに声を漏らした。
「そっちじゃない」
「ク………」
「ク?」
「クロ………ヴィス………」
「いい子だ」
ぎゃあ!!
がばっと抱きつかれて、思わず身を硬くした。
大きな手を頭をぐりぐりと撫でまわされて、髪が乱れた。
だから、近いんだってば!
その大きな体を押し返そうと無駄な努力をしたあと、びくともしないクロヴィスに諦めるしかなかった。
「ラーシュ。部屋の準備はできてるな?」
「はい」
ラーシュと呼ばれたのは、さきほどわたしの肩を押さえた執事だ。
クロヴィスはひょいとわたしを抱き上げると、ずんずんと歩いてひとつの扉を蹴り開けた。行儀が悪い。
扉の向こうは淡い緑を基調とした設えになっていて、天蓋付きの大きなベッドがあった。
そのベッドにわたしを座らせると、クロヴィスも隣に座った。
「ここはセシルの部屋だ。いつでも俺に会いに来れるようにした」
「はっ!?」
どうして、わたしがクロヴィスに会いに行く必要が?
そもそも、どうしてわたしはここに連れて来られたの?
「それと、これはお守りだ」
クロヴィスはわたしの左手をとると、すっと薬指に指輪をはめた。抵抗する暇もなかった。
びっくりして外そうとしたけれど、指輪はぴくりともしなかった。
「これは、セシルを守るための指輪だ。外すな」
そう言って、クロヴィスは指輪にキスを落した。
指輪に嵌められた赤い石が輝き、石の中で靄がかかったように光が揺らめいた。その光を見ていると、なにかを思い出せそうな気がした。