227 ”彼”が来た2
嬉しかったけれど、同時に恐ろしかった。
暴走する魔力をコントロールするなんて、とうさまにもできない。どれほどの能力を、この少年は持っているのだろう?
混乱する頭で考えても、答えは出なかった。
「どうして助けてくれたの?」
そう聞かずにはいられなかった。
「おまえに興味があるからだ。さぁ、今日はもう家に帰れ。明日、また会おう」
そう言って、少年はいなくなった。
去ったのではない。文字通り、消えたのだ。そのことに怖くなった。瞬間移動は空想の魔法だと、そう聞いていたから。
その日は、色々と恐ろしくて不安で堪らなかった。
眠れないまま朝になり、朝食を食べにルオと街へ出掛けたときに”彼”はいた。街路樹にもたれかかり、人々の注目を集めながら。
紅い髪に、緑色の瞳をした綺麗な15歳くらいの少年だった。顔は綺麗なのに、どこか近寄りがたい雰囲気があって、女性達は遠巻きに眺めていた。
昨日会った少年は、確かに8歳くらいだった。それでも、わたしにはそれが”彼”だと直感でわかった。
少年はわたしに気づくと、近づいてきて「遅い」と文句を言った。何時にどこで、と約束したわけじゃないのに。
そして、少年はわたしの頭をくしゃりと撫でた。
「飯がまだだろう。行くぞ」
そう言って連れていかれたのは、庶民的な食堂だった。なんだかほっとしたのを覚えている。
ルオは、わたしに友達ができたと思ったらしい。邪魔をしてはいけないと思ったようで、「昼までには帰るように」と言って去って行った。
「で。よく俺だってわかったな」
”彼”はそう言った。
「なんとなく、あなただと思ったの」
「大したもんだ。あいつの血だな」
言っている意味はわからなかったけれど、”彼”が嬉しそうな様子はわかった。
それから、わたしと”彼”は毎日会って時間を過ごすことになった。
”彼”は、8歳くらいのときもあれば15歳くらいのときもあったけれど、わたしにはわかった。”彼”だと。
”彼”はいつも偉そうで、態度が大きく、時間を持て余していた。そして、自分をクロヴィスと呼ぶように言った。
そしてクロヴィスと過ごすようになって一か月ほど経った頃、突然、言われたのだ。
「おまえは俺のモノだ。誰にも渡さない。必ず迎えに来るから待っていろ」と。
それはプロポーズだった。
なぜかな。わたしは断れなかった。クロヴィスの目があまりに真剣で、余裕がないように見えたからかもしれない。
わたしは、ただ「うん」とだけ答えた。
そのとたん、クロヴィスは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。わたしを抱き締め、おでこにキスをした。
* * * *
いま、目の前にいるのは間違いなく”彼”だ。クロヴィスだ。だけど、年は25歳くらいに見える。そして………。
「このクロヴィス・ベアテが迎えに来てやったぞ」
と言っていることが本当なら、”彼”は北の魔王ベアテということになる。
最古の魔王ベアテ。その名は絵本にも載っていて、魔王の恐怖を伝えるために親から子へと伝えられる。貴族、平民はもちろん、貧民も知っている有名な名前だ。だから、どんな親も子供にベアテとはつけない。はず。
「本当にベアテなの………?」
わたしは恐る恐る聞いた。
「あぁ。魔王ベアテだ」
クロヴィスは断言した。
「黙っていてすまなかった。だが、許してくれるだろう?」
「………」
なんと言っていいかわからず困っていると、クロヴィスこと魔王ベアテは長い足でここまで歩いて来ると、わたしをひょいっと抱き上げた。
「ひゃあっ」
突然、抱き上げられて、変な声が出た。だって、顔が近い!
「可愛いな、セシル」
そう言って、クロヴィスはおでことおでこをくっつけてきた。
ますます顔が近い!!
「どうしてクロヴィスと呼んでくれないんだ?」
「………」
「なぁ?」
「………」
「キスするぞ………」
「やめてクロヴィス!」
腕を伸ばして、なんとかクロヴィスから距離をとろうとした。けれどクロヴィスの腕と胸は、ぴくりとも動かなかった。ほんの一ミリも。だから精一杯背筋を伸ばして顔をそむけようと頑張った。
「くっくっく」
悪そうな笑い声が聞こえて、ちらりとクロヴィスを見れば、嬉しそうな顔をしていた。
「その様子だと、ファーストキスはまだだな?」
「あたりまえです!」
「その話し方、やめろよ。俺にはため口でいい」
無理だよ。だって魔王ベアテだよ?最古の魔王だよ?
わたしが首を横にブンブンと振れば、「キスするか?」と言って脅してきた。卑怯だ。
「わかっ………たよ」
そっぽ向いたまま、なんとか言った。
魔王に対して、不敬すぎる。
「くっくっく。そうかよ」
満足そうで、なによりです。
そもそも、どういうつもりでいまさら現れたんだろう?さっき、迎えに来たようなことを言っていたけれど………。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「行くってどこへ?」
「俺の城」
「えっ!!」
「迎えに来るって約束しただろ?」
まさか、8歳のときの約束を言っているの?そんなの、さっきクロヴィスに会うまで忘れていたよ!
だいたい、どうやって魔王ベアテの城へ行くの?シルヴァみたいに飛ぶの?