224 旅立ち
結局、サンドワームの背に乗って砂漠を渡り、そこからは馬に乗って王宮まで移動することになった。手紙でやり取りした結果、マーレ公爵屋敷の使用人が馬を用意してくれることになったの。手紙は、鳥が運んでくれたよ。
王宮へ向かうのは、クロードにユリアナ令嬢、マーレ公爵、レギーとロイ、そしてサニアとレオ。
わたしととうさま、シルヴァ、レイヴ、エステルにフィーは、別行動。だって、変に目立って、わたしの話がレ・スタット国のチャールズ王に伝わっては困るもの。
クロードが王宮に入れば、あとはマーレ公爵とセルドリッジ侯爵の出番。その手腕を存分に発揮してもらって、王宮にいる重臣達をまとめてもらうことになる。騎士や兵士の相手は、サニアとレオがしてくれるだろう。
ちなみに、サニアとレオの幻影魔法は解いてあるよ。いつまでも幻影魔法をかけておくわけにはいかないからね。
ほら、無事にクロードが王になる姿を見届けたら、わたし達はこのア・ッカネン国を去るから。幻影魔法をかけるためだけに、シルヴァを残していくわけにはいかないもんね。
そのシルヴァは、宣言通り夜にやって来て。いま、テントの中で向かい合って座っている。
「………シルヴァが無事でよかったよ」
もちろん、公爵級悪魔のシルヴァが人間相手に苦戦するとは思っていない。言うべき言葉が見つからなくて、つい言ってしまったの。
「はい。セシル様も、なにごともなくよかったです」
シルヴァはにこにこしていて、ずいぶん機嫌がよさそう。
「私の心配をしていて、今朝は寝不足だったのですか?」
「えっ?」
「今朝、お会いしたとき、ずいぶん眠そうでしたから。………違いますか?」
違わないけど、それを認めてしまうのは、なんだか恥ずかしい気がした。
わたしは、いったいどうしてしまったんだろう?仲間の心配をするのは当たり前のことなのに。恥ずかしいことなんて、なにもないのに。
「くふふっ。私は、セシル様のことばかり考えておりましたよ」
言いながら、シルヴァはわたしの目をまっすぐ見つめて来る。
その金色の瞳に吸い込まれそうだと思う。
手を伸ばせば届く距離にいる。でも、触れるのがためらわれるほど美しい男がそこにいる。漆黒の絹のような髪に、怪しく輝く金色の瞳。その造作は手が込んでいて、まるで絵画のように美しい。
ふと、細く長い手が差し伸べられた。とうさまのように、剣だこができたごつごつした手とは違う。
優しく抱き寄せられて、その広い胸にもたれかかると、心臓の鼓動の音が聞こえて来た。なんだか安心する音。優しい匂い。
わたしはいつから、この腕の中を安心だと感じるようになったんだろう?
「さぁ、もう眠りましょう」
シルヴァはわたしを抱いたまま横になると、頭にキスを落してきた。
前はこんなことしなかったのに………なぜ?
そして、優しく背中を撫でられると、気持ちよくなって眠くなった。
そっとシルヴァの胸に顔を埋めて息を吐くと、満足そうなため息が漏れた。どうして………。
シルヴァの体がびくりと硬くなると、頭上から嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あぁ、幸せです」
「えっ。なにが?」
「くふふっ」
「………」
「セシル様」
「うん」
「愛してます」
「えっ!」
起き上がろうとしたけれど、シルヴァにがっしりと抱き締められていて身動きがとれない。
「はっ………離して!」
もがきながら言うと、シルヴァはすんなり力を緩めてくれた。
シルヴァの腕の中から逃れると、テントの端まで逃げた。といっても、狭いテントの中だもの。大した距離じゃない。簡単に捕まってしまう距離だ。
シルヴァは横になったまま、わたしを楽しそうに見つめている。
その姿は、なんだか………色っぽい。
シルヴァの色気にあてられて、頭がくらくらする。
そのとき、テントの入口が開いてレイヴが入って来た。
頭が一気に冷静になり、ほっと胸を撫でおろした。
「あれ?セシル、まだ寝ていなかったんだ?珍しいな」
普段のわたしは、寝つきがいいからね。
「もう遅いし、早くに寝よう」
そう言って、レイヴはわたしを背後から抱き締めるようにして横になった。
うん。レイヴ相手だとどきどきしない。
妙に安心して、わたしは眠りに落ちた。
翌朝、レオが呼んだサンドワームに乗り、クロード達は王都へ向けて出発して行った。その姿を見せるために、砂漠のぎりぎり端までサンドワームで進むらしい。サンドワームは大きいから、きっと王都からでもよく見えると思う。
王都に着いたら、マーレ公爵屋敷の使用人が用意してくれた馬に乗り王宮へ向かうことになっている。そのとき、クロードはサンドワームの巣で見つけた王冠を被る。きっと、その姿を見た人は驚くだろうね。レジスタンスの皆にも話が伝わっているはずだから、もしかしたら、大歓迎を受けるかもしれない。
クロードの雄姿を、わたしも見たかったなぁ。




