222 作戦決行
わたしは、たくさんの命を奪ってきた。食べるため、生活のため。それを後悔したことはない。だって、生きるためだから。必要なことだと思ってきた。だけど、どうしてかな?魔物や獣は狩れるのに、相手が人間だとためらいが生まれてしまう。
アーカート王なんて散々ひどいことをしてきて、殺されて当たり前の人間だってわかっているのに、それでも迷いが生まれてしまう。殺したら、きっと後悔する。他に方法はなかったのかな?って考える。
そして。わたしのわがままだってわかっているけれど。とうさまにも、シルヴァにもその手を汚して欲しくない。もちろん、クロードにも。
だけど。三人は行ってしまった。わたしに止めることはできたのに、それをしなかった。わたしが許可をした。わたしに責任がある。苦しいよ。シルヴァ、傍にいて………。
!?
いま、どうしてシルヴァを呼んだんだろう?どうして………?
うわぁー!なんか、考えたら恥ずかしい気がしてきた。考えるのやめやめ!
頬に手を当てると、顔が熱かった。
オアシスの泉の水を手ですくって、顔を洗った。心まですっきりした気がした。
「セシル様、こちらにおいででしたか」
振り向くと、シルヴァが立っていた。
会いたいと思っていたシルヴァが現れて、嬉しくて、自然と顔が緩むのがわかった。
すぐにもシルヴァに抱きつきたいのを、膝を抱えて我慢する。
「あ、シルヴァ。出発の時間?」
できるだけ、平静を装った声を出した。
「はい。行く前に、ご挨拶に伺いました」
「そう。気を付けてね」
シルヴァが行ってしまうのが寂しい。もしかしたら、その思いが顔に出ていたのかもしれない。
ふいにシルヴァが膝をつき、わたしを抱き締めて来た。きつく抱き締めたあと、額にキスを落した。体がかっと熱くなる。
いままで、キスなんてされたことない。免疫がない。耐性がない。でも………嫌じゃなかった。
「くふふっ。可愛らしいセシル様。私は自分の意思で行くのです。セシル様が気に病む必要はありませんよ」
シルヴァはわたしの頭にキスを落すと、すっと立ち上がって行ってしまった。
さっきまで悩んでいたのが嘘のように心が軽くなった気がした。
というか、別の悩みでいっぱいになった気もするけれど………。
立ち上がって空を見上げると、王都へ向かって飛んで行く三人の姿が見えた。
あぁ。クロードは、ようやくアーカート王との因縁の決着をつけることができるんだ。王族として生まれながら奴隷として過ごした幼少時。そのあとは諜報部員となるべく過酷な訓練をして過ごし、無事、諜報部員となってからも虐待される日々。そのすべての元凶が、アーカート王にある。
アーカート王の身になにかあったときの予備として生かされていたクロード。自分の人生を生きるために、どうしても障害となるのがアーカート王だ。アーカート王を排除しないと先へ進めない。
「あ、セシル。またナナシの実を見つけたんだ。食べるだろ?」
そう言って、サニアがナナシの実を手渡してきた。
「ありがとう。サニア」
サニアは自分にできることをやってくれている。わたしも、自分にできることを探したい。
そうだ!このオアシスには、コトクの木がある。わたしにも笛が作れないかな?
サニアに聞くと、レオの方が笛は詳しいということで、レオが笛の作り方を教えてくれることになった。
コトクの木は硬く、なかなか刃が入って行かない。時間をかけて、少しづつ、少しづつ削ることにした。無心になって作業に没頭しているうちに夜になり、作業は一旦、中止。そのとき、とうさま達のことを忘れていた自分に気づいてびっくりした。
「クロード様は無事でしょうか………」
「あぁ。ニキ様とシルヴァ様が一緒なんだ。無事に決まっている」
ユリアナ令嬢とマーレ公爵が話している様子をぼんやり見ながら、夜ごはんを食べた。あまり味がわからなかった。
テントの中で横になっても、なかなか眠れなかった。わたしを抱き締めながら横になっているレイヴの寝息を聞きながら、考えていたのはシルヴァのことだった。
やがて眠りに落ちたのは、夜もかなり更けてからのことだったと思う。
朝早く目を覚まし、笛作りを再開したときだった。
ふと顔を上げると、シルヴァ達がこちらへ向かって飛んで来る姿が見えた。
笛作りの道具を置いて歩き出したわたしの横を、ユリアナ令嬢が駆けて行った。
ユリアナ令嬢が、クロードのことを心配して夜も眠れなかったのを知っている。綺麗な顔にクマを作っていたから。
「クロード様、お怪我はございませんか?」
ユリアナ令嬢がクロードに寄り添い、体の具合を確認している。
シルヴァはいつもの執事服姿で、とうさまも相変わらずの黒づくめのだけど、クロードは着替えているのが一目瞭然だった。たぶん、血の付いた服を着替えたんだろう。シルヴァの服は魔力で作り出しているものだから汚れることはないし、とうさまは同じ服を予備に持っている。クロードだけは予備の服もなく、普通に着替えを………??あれ?清浄魔法を使えばいいんじゃないの?
………そっか!戦闘で怪我をしたんだ。だから服が破れて、着替えるしかなかったんだね。傷は回復魔法で治せるけど、服までは直せないから。




