220 王の証3
わたしの魔力を根こそぎ食らった子サンドワームは、さっきまで死にかけていたとは思えないほど元気になった。元気すぎて、お腹が空いたと訴えている。
「レオ、これあの子にあげて」
自分達で食べる用に残していた鹿をマジックバックから取り出すと、レオが鹿を子サンドワームの前に置いた。
『なにこれ?初めて見る。食べ物?』
『これは鹿と言うのだよ。美味いから食べてごらん』
ジェンナがそう言うと、子サンドワームは恐る恐る鹿を口に入れた。
すぐに、ばりばりと骨を砕く音がしてきた。
『美味しい!美味しいよジェンナ様!』
そうだよね。皆で食べようと取っておいたのを、あなたにあげたんだからね!
『本当に助かった。セシル様、あなたが来てくれたことに感謝する』
ジェンナと、砂の中に隠れていた他の女衆や子サンドワームに見送られて、わたし達は地下洞窟をあとにした。
わたしはすっかり疲れていて、クロードに抱っこされた状態で運ばれた。重いだろうに、クロードは文句ひとつ言わなかった。
地上に出ると、王蟲ベンベルグが待っていてくれた。
『無事でなによりだ。報告は受けている。子供を救ってくれたこと、礼を言うぞ』
『どういたしまして。助けられてよかったです』
『うむ』
王蟲ベンベルグに別れを告げ、さきほどと同じサンドワームの背に乗ってオアシスへ向かった。
地下洞窟にいる間に夜が明けていたらしく、太陽が空に昇っている。早く戻らないと、とうさま達が心配してるよね。
そう思っていけれど、静かなサンドワームの背の心地よい揺れの中、わたしは眠りに落ちてしまった。
目が覚めると、テントの中にいた。毛布の上に寝かされていて、腰には、「俺のものだ」と主張するように腕が置かれている。わたしはレイヴのものじゃないのに。
あれ?どうしてそう思うんだろう?レイヴがわたしの腰に腕を置くのはいつものことなのに………?
「セシル、よく眠れたようだな。すっきりした顔をしてる」
振り向くと、レイヴがそんなことを言って来た。
レイヴがいるということは、ここはオアシスなんだと思う。それにテントが張られているということは、とうさまが戻って来ているはず。テントを持っているのはとうさまだけだもの。無事にマーレ公爵を助け出せたんだね。
レイヴの言う通り、よく眠れたらしい。空っぽだった魔力が、いくらか戻ってきている。
テントを出ると、皆が食事の支度をしているところだった。まだ日が高いということは、お昼ご飯の準備だね。ということは、わたしが寝ていたのはせいぜい数時間。よかった。
「セシル、体の調子はどうだ?」
「あ、とうさま!えへへ。久しぶりに魔力が空っぽになるまで使ったから、ちょっと疲れちゃった」
「………そうか。よくやったな」
とうさまがくしゃりと頭を撫でてくれて、嬉しくなったわたしはとうさまに抱きついた。
とうさまから離れると、今度は背後からシルヴァに抱き締められた。いつのまにか、彼の草原のような匂いに包まれるが心地いいと感じるようになっている。そのことに気づいてびっくりした。
びくりと体を硬くしたわたしに、シルヴァもびっくりしたらしい。
「………セシル様?」
戸惑ったような声音で声をかけてきた。
「な、なんでもない!ほんとになんでもないから!お腹空いたからご飯食べるね」
「………」
「………」
「………!くふふっ」
なに。いやな笑い声が背後から聞こえる。
「急いで食事の支度をいたしますので、いましばらくお待ちください」
シルヴァはわたしを焚火の傍に座らせると、自分は食事の支度に戻って行った。ずいぶん楽しそうに、手際よく作業を進めていく。
「あれ。シルヴァはずいぶん機嫌がよさそうだね。セシルとなんかあった?」
通りすがりのレオが声をかけてきた。
「………なんでもない」
まさか、シルヴァに抱き締められて嬉しかった。とは口が裂けても言えない。膝を抱えて顔を伏せた。
「おや。セシルはご機嫌ななめなの?じゃあ、いい物あげるから機嫌直して」
「………いい物?」
「そう!じゃーん!ナナシの実だよ。これね、みずみずしくて、甘くて、しかも栄養が豊富なんだよ。病み上がりのセシルにはぴったりだろ?さっきね、そこで見つけたんだ。はい。あげる!」
「病み上がりじゃないけど………ありがとう」
わたしがナナシの実を受け取ると、レオは鼻歌を歌いながら行ってしまった。
ナナシの実は、初めて見た。見た目はぶどうの実を倍くらいに大きくしたようで、黒っぽい皮に包まれている。かじると黄色い黄色い果肉と無数の種が見えた。甘酸っぱく、水分補給にはぴったりな感じがする。
「………ナナシの実が好きなのか?」
「えっ?」
振り向くと、サニアがナナシの実を持っていた。
「これもやる。魔力回復にはこれが一番だ」
「そうなの?ありがとう」
笑うと、サニアが固まった。なぜ。
「また見つけたら、持って来てやる!」
そう言うと、ひとつしかないナナシの実をわたしの手に押し付けてサニアは去って行った。
「セシル様はモテモテですね」
そばで様子を見ていたエステルが、微笑ましいものでも見るように笑った。




