22 プロポーズ
『…会うのは初めてよね?』
『!言葉がわかるのか!?』
レッドドラゴンがぐいっと身を乗り出し、とうさまが剣を魔法の刃を被せた。いわゆる、魔法剣というやつだ。
『おまえ、名前は!?』
『え………セシルだけど』
『そうか。俺はレイヴネルだ』
さらに身を乗り出してくるレイヴネルことレッドドラゴン。
殺気がまるでないので、とうさまも攻撃をするべきか迷っている。
『おまえは………ええと、ここでなにをしてる?』
『えっと………ドラゴンが現れると聞いて。使役………つまり、仲間にできないか交渉するために来ました』
いくら魔物使いと言っても、なんでも使役できるとは限らない。相手に従う気がなければ、力づくで従わせたとしても、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。わたしは、そんなビクビクした主従関係ではなく、お互いを労われる仲間の関係になりたい思っている。
『ドラゴンが怖くないのか?』
『怖いわ。でも、それより憧れていたの。美しく、強いドラゴンに。それに、空を飛べるって素敵だから』
『素敵!?』
赤い鱗が、ますます赤くなった。
なんだか、照れているように見える。
『…鱗は炎にように赤く、燃えがる灼熱のようにきれいだわ。角は空を突き上げる槍のように立派で、牙は………』
『待て待て!もういい!ちょっと待て!』
「うわっ。あ、あち!」
レイヴネルが叫び、思わず口から漏れた炎をバッツが避けた。
みんなはレイヴネルの様子に困惑していて、攻撃するタイミングを失っていた。
レイヴネルは頭を抱え、う~んと唸りながらぐるぐると回った。尻尾がぶつからないように、わたし達はレイヴネルから少し距離を置く。
「…なあ、混乱の魔法でも使ったのか?あいつ、様子がおかしくないか?」
「ううん。わたしはなにもしてないよ」
「でも、あんなドラゴン初めて見るわ。まあ、ドラゴン自体、初めて見るんだけど」
「…戦う気、あるのかな?」
突然、レイヴネルが止まり、意を決した様子でわたしに顔を寄せて来た。
『決めたぞ。おまえを嫁にしてやる』
「えええぇぇ~~~!」
「…セシル、どうした」
「それが、レイヴネルがわたしを嫁にするって………」
「「「「えええぇぇ~~~!」」」」
とうさまも一緒になって叫んだ。それだけ衝撃だったってことよね。
『喜べ。おまえは、今から俺の嫁だ』
『な、なに勝手なことを言ってるんですか!そもそも、ドラゴンと人間が結婚なんてできるわけが………』
『なんだ。そんなことか。俺は人化の術が使える。問題ない』
レイヴネルがそう言うと、体が赤い煙に包まれた。煙が雨に流されてなくなると、そこには1人の少年が立っていた。上半身裸で、赤いズボンとブーツを身に着けている。ツンツンと逆立っている赤毛に、鋭い目つきの黒い瞳。年は15~16歳に見える。年頃の女の子が涎を垂らしそうないい体に、美少年といえるほどの整った顔。モテそうだった。
ただし、わたしの好みはもう少し年上。理想は、とうさまのような落ち着いた男性なの。こんな若い男じゃない。
「どうだ。かっこよくて言葉も出ないか。はっはっは」
なるほど。人間の姿になると、人間の言葉も使えるのね。そもそも、ドラゴンの時から人間の言葉を話せたのかもしれないけれど、確認するのを忘れていたわ。
「よし。これで安心しただろう。俺はおまえの夫として………なにをする」
とうさまがレイヴネルの首筋に剣を当てていて、彼を睨みつけていた。
とうさまも身体強化の魔法が使える。それで一気に間合いを詰めて、レイヴネルを脅していた。
「それはこちらの台詞だ。娘はまだ10歳だぞ。おまえのような男にはやらん」
「ん?娘だと?では、セシルの父親か。それは失礼した。挨拶がまだだったな。俺はレイヴネル。誇り高きレッドドラゴンの次期族長だ」
「だからどうした。娘はやらんぞ」
おお、とうさまが笑顔になっている。相当、怒っている証拠だ。
わたしがとうさまを大好きなように、とうさまもわたしを大事に思ってくれている。まだ10歳という未成年で、親の庇護下にあるのだから、結婚なんてとんでもない。それ以前に、ドラゴンと結婚なんてできるわけがない。
「…そうか。力を示せばいいのだな」
なにやら呟いて、とうさまから距離をとるレイヴネル。
「丸腰相手ではやりにくい。これを使え」
そう言って、とうさまは予備武器である腰の短剣をレイヴネルに投げた。やる気満々ですね、とうさま!
「ふむ。人間の武器は初めて使うな。だか、それを言い訳にはしない。行くぞ!」
掛け声と共に、短剣を構えて踏み出すレイヴネル。
きいんっ
かきんっ
がきんっ
拙い動きながらも、とうさまの動きについていくレイヴネル。動体視力と運動神経が優れているらしい。それに、学習能力も。
とうさまの剣捌きをじっくりと眺め、瞬時に自分の剣でそれを捌く。目がとてもよく、体の反応速度がとても優れているらしい。
初めは様子を見ていたとうさまも、あまりの反応の良さに機嫌を良くしていた。
きんきんきんっ
かきんきんきんっ
がきんきんきんっ
次第に連続した攻撃になり、初めは受けてばかりいたレイヴネルも攻撃を繰り出すようになった。
それを見たとうさまの口角が、わずかに上がる。見た目は怖いけれど、あれで笑っているのだ。レイヴネルを認めたのかもしれない。