219 王の証2
ジェンナを説得するため、次代の王となるクロードが、ア・ッカネン国の王になったらこの国をどうしたいかを話して聞かせることにした。もちろん、クロードはサンドワームの言葉が話せないから、わたしが通訳をした。
初めは聞く耳持たず、という姿勢だったジェンナも、次第にクロードの熱意に打たれて相槌を打つまでになっていた。
『………そうか。おまえも苦労をしたのだな。それで、おまえが王になった暁には、以前のような王国を復活させると言うのか。しかし、苦労するぞ。この衰退した土地ではな。以前のような豊かさはまるでない』
「それでも、いくつかの絆は取り戻せるはずだ。まず、サニアとレオがいる。あなた方砂漠の王者たるサンドワームもいる」
『いや、我らサンドワームも衰退の一途を辿っている。昔に比べ数は激減し、子も生まれづらくなっているのだ』
「この宝剣を知っているだろうか?水が湧き出る宝剣だ。これで田畑を増やし、家畜を増やし、以前の姿とは言わないまでも、豊かさを少しでも取り戻せるはずだ。それに、他国との国交を活発にすることで国が、人々が豊かになる。そうなれば、あなた方へ食料を回すこともでき、状況は好転していくだろう」
『うむ。その宝剣は知っている。だが、言うほど簡単ではないぞ。まず、いまの王を倒さねば』
「そのために………」
話は数時間に渡って続いた。
ようやく一区切りついたとき。
『夢物語で終わらせるな。必ず実現させろ』
そう言って、ジェンナは輝く宝石で彩られた王冠を渡してくれた。数百年の月日を感じさせない、美しい王冠だった。どうやら、魔法がかけられているらしい。そのせいで朽ちることなく、美しい姿を保っているのだ。
クロードが被ると、その輝きは大広間中を照らした。まるで、王冠がクロードを認めたようだった。
その光は、大広間の隅にいた小さなサンドワームをも照らした。小さいとは言っても、オークなど一飲みにしてしまえるほど大きい。ぐったりと元気のないサンドワームの傍に、もう一匹のサンドワームが寄り添っている。
『ジェンナさん、あれは………?』
『あぁ。我らサンドワームの次代を担う番となるはずだったが、喧嘩の際に加減を間違えてオスがメスを傷つけてしまったのだ。もう長くはない。いまは、安らかな死を迎えるのを待っている』
『わたしに診せてもらえますか?もしかしたら、治せるかもしれません』
『本当か!?頼む!助けてくれ!』
ジェンナの必死な様子に、わたしまで胸が痛くなる。
傷ついた子サンドワームの傍へ行くと、肉が大きくえぐれているのが見えた。これは………加減を間違えたというレベルではないのでは………?
『本当に助けられるの?お願い!僕、なんでもするから助けて!!』
もう一匹のサンドワームが悲痛な様子で訴えて来た。
『なにがあったの?』
『………初めは、いつもの喧嘩だったんだ。でも、僕が彼女を傷つけちゃって。血が流れて………血の匂いを嗅いだら、止まらなくなったんだ………お腹が空いてて………』
なるほど。やっぱり、あの子の傷は食べられた跡だったんだ。
でも。単純にこの子を責めるわけにはいかない。同族食いは、魔物の世界ではよくあることだもの。飢えには勝てない。
傷ついた子サンドワームは、浅い息をして、いまにも息絶えようとしている。傷が深すぎて、自力で治すことができないのだ。
『どうだ。助かりそうか?』
ジェンナが頭をもたげ、心配そうにしている。
『たぶん………まぁ、見ていてください』
正直に言って、自信はない。サンドワームの治療なんてしたことないから。体も傷も大きすぎて、どれほどの魔力を消費するのかも想像つかない。でも、見殺しにはできない。やるしかないのだ。
『………クロードを食べないでくださいね』
『う、うむ』
ジェンナの返事を待って、クロードと繋いでいた手を離した。
そして、子サンドワームの傍へ行き、その傷口に両手をかざした。両手から光が溢れ、子サンドワームの傷口を、体を包んでいく。魔力がどくどくと流れ出て行くのを感じる。体中からエネルギーが搾り取られてるみたい。たぶん、人間10人くらいを一度に治療したとしても、こんなに消耗しないと思う。まるで、子サンドワームに喰われているみたい………。事実、そうなのだと思う。
大量の肉と血を失い、飢えに苦しむ息も絶え絶えの子サンドワーム。それでも、生きることにしがみついているからこそ、生きることを諦めていないからこそ、こうして生きている。
絶対に助ける!!
最後の力をふり絞り、わたしは魔力を解き放った。子サンドワームの体がまばゆい光に包まれ、まるで生まれたてのような輝きを放って回復した。傷がすっかり治っている。
もう、魔力がすっからかんだ。かけらも残っていない。
砂の上に倒れ込んだわたしを、慌てて駆け寄ったクロードが抱きかかえてくれた。
「セシル様、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない。もう、魔力が残ってないよ」
「それは、お疲れ様です。おかげで、サンドワームは助かりましたよ」