217 オアシス4
とうさまとシルヴァが出発したあと、わたしは落ち着かなくてそわそわしていた。
もちろん、とうさまやシルヴァのことが心配だし、マーレ公爵や、屋敷の使用人達のことも心配。酷い扱いを受けていないといいんだけど………拷も………むにゃむにゃとかされていそうだと、嫌な想像をしてしまう。
だって、普通は殺す前に情報を得ようとするでしょう?処刑が決まっているなら、尚更、無茶な取り調べをしようとするかもしれない。ブラッディ・キングと呼ばれるアーカート王とその妃が、容赦なんてしてくれるとは思えないし。
「セシル、少しは寝たほうがいいぞ」
「あ、レイヴ。うん。わかってるんだけど、なんだか落ち着かなくて」
たぶん、ずっと一緒にいたシルヴァがいなくて落ち着かないんだと思うけど、さすがにそんなことを口にするほどわたしも無神経じゃない。
気になっている相手から、別の相手がいなくて落ち着かないみたいなことを言われたらショックなことくらい、わたしだってわかる。
「ニキがヘマなんかやらかさないだろう。戻ったら起こしてやるから、横になったらどうだ?」
「うん。ありがとう。そうする」
きっと眠れないだろうけど、横になってるだけでもいいよね。
そう思って横になったとき。
「ふっふっふ!」
レオの妙な笑い声が聞こえてきた。
これは、あれだ。なにかを企んでいるときの含み笑い。
「なぁ兄弟。そろそろいいんじゃないか?」
「そうだな。待つのも骨が折れるぜ」
「じゃあ、行くとするか」
サニアとレオはひそひそ話しているけれど、わたしは耳がいいのでばっちり聞こえてしまった。
「どこへ行くんですか?」
「うわっ。セシル、聞こえてたのかよ」
「え~と。トイレだトイレ!ついて来るなよ!」
「………」
「………」
「………」
「………いや、嘘です」
しょうもない嘘をついてまで、どこへ行こうとしていたんだろう?気になる。
「じつは、サンドワームの巣へ行こうとしてました。ゴメンナサイ」
なんで、最後がカタコトなんだろう。しかも敬語。よっぽど悪いことをしようとしてたのかな?しかも、なぜサニアもレオも正座するの。
「サンドワームの巣になにかあるの?」
「あぁ。王冠がある」
「ええっ!」
「と言っても、ラドバウト王の時代のだから、もうとっくに形なんて崩れてないかもしれないけどな」
「王位継承者としての資格を示すには、十分だろう?」
「あ!」
「なんだ?」
すっかり忘れていた。貧民街の井戸に隠されていた宝剣を、まだクロードに渡していない。マジックバックを探り、食卓ナイフのようなそれを取り出した。
「それは宝剣!どうしてセシルが持っているんだ?」
「おお宝剣!こんなところで拝めるとは………懐かしいなぁ」
「セシル、ちょっと貸してごらん」
サニアに言われて手渡すと、サニアはまるで鞘を抜くような手の動きをした。すると、本当に鞘が抜けたように錆びついた表面が消えて、まばゆいばかりの輝きを放つ刀身が現れた。
「これは、こうやって使うんだ」
そう言うと、サニアはナイフを地面に突き立てた。すると、ナイフを突き立てた場所から水が湧き出してきた。
「この宝剣の力で、ラドバウト陛下の時代は水に不自由しなかったんだ。豊かな国だったんだよ」
過ぎ去りし過去を懐かしむような、サニアは言った。
でも。その宝剣がどうしてクロードの母親の手に渡ったんだろう?旧王都が滅んだとき、すでに旧王都から持ち出されていたってことだよね。カリクステが持ち出しを指示していたのかな?
「ラドバウト陛下は、宝物の力に頼らず豊かな国を築けるようになりたいとおっしゃっていた。………そうか。王冠のほかにも、宝を隠していたんだな」
サニアは慈しむようにナイフを撫でると、ナイフを鞘に納める動きをした。すると、地面から抜かれた宝剣はまた錆びついた食卓ナイフの姿に戻り、地面から湧き出していた水が止まった。
「これは、おまえが持っていろ」
いつの間にか背後に来ていたクロードに、サニアが宝剣を差し出した。
「どのみち、王家の血を継ぐものにしか扱えないようになってる」
「えっ」
いま、衝撃的な台詞があったよね?サニアに宝剣が扱えたということは、サニアにも王家の血が流れているということ?
「俺とレイニエは、ラドバウト陛下のいとこなんだ」
それじゃあ、あの厄歳の日に旧王都が滅びなければ、シルヴァが召喚されなければ、サニアが王になる未来もあったということだ。
そんなわたしの頭の中を見透かしたように、サニアが言った。
「俺は臣下で十分だ」
「クロードが無事、王になれるように、サニアと王冠を取りに行こうって話してたんだ。内緒で行って、びっくりさせようと思ってたんだけど、見つかっちゃったな」
なるほど。クロードのためだったんだ。それなら………。
「わたしも行く」
「俺も行く」
わたしとクロードが同時に言っていて、お互いに顔を見合わせてしまった。
「ただ待っているだけなんてつまらないもの。わたしだって、できることをしたい」
「俺は、まわりにお膳立てされてお飾りの王になるつもりはない。王の証となる王冠は、俺自身の手で手に入れたい」
わたしとクロードは互いの主張をして、必ずサニアとレオについて行くと宣言した。