216 オアシス3
「これは、クロードをおびき出すだめの罠だ」
「そう。それで?父を見捨てるとおっしゃるのでしょう!」
ユリアナ令嬢の表情は冷たい。
公爵家に生まれた令嬢だから、ときには過酷な選択を迫られることもあると知っているのだ。
「………いや。公爵は助ける。しかし、使用人までは助けられない。人数が多すぎる」
「えっ?父を見捨てないの?」
とうさまの言葉に、呆然となるユリアナ令嬢。
「当然だ」
断固としたとうさまの言い方に、ユリアナ令嬢は安堵したらしい。その美しい瞳から、一筋の涙が流れた。
「でもとうさま。それだと、屋敷の使用人は見捨てるっていうこと?よくしてもらったのに、全員が殺されるのを黙って見てなきゃいけないの?」
「そうだ」
「だけど、なにか方法があるはずだよ。たとえば、サンドワームに協力してもらうとか」
「だめだ」
「どうして!」
「サンドワームは砂漠でこそ、その力を発揮する。地面の上では動きも制限されるだろう。そもそも、どうやって王宮へ連れて行く気だ?王都周辺の壁を破壊し、人家をなぎ倒し王宮へ向かうのか?そんなことをして、クロードが王になったときに民衆の指示が得られると思うのか」
言われて、はっとした。とうさまの言う通りだ。
だけど、わたしには使用人達を見捨てることができない。
「………処刑は、いつどこで行われるの?」
「明日、王宮前の広場で行われる。マーレ公爵は今夜中に助け出す予定だ」
「そう………」
マーレ公爵がいなくなれば、使用人に価値なんてない。すぐに処刑される可能性がある。
どうにかしないと。
もしもだけど。アーカート王と王妃を倒すことができれば、もうこんな争いをしなくてすむんだよね。そうなれば、マーレ公爵も使用人の皆も処刑されずにすむ。
敵を倒すにはどうすればいい?考えてわたし!
たぶん、クロードの力でもアーカート王と王妃を殺すことはできるだろう。でも、そんなことをしてもクロードの印象が悪くなるだけ。わたしはクロードを前王を弑逆した暴君にしたいわけじゃない。国民が認める形でクロードが王にならないと、意味がない。
じゃあ、あのふたりを捕らえる?うん。それならできそう。
ふたりを捕らえて、国の裁判にかけて国王の地位を廃位させ、クロードを新たな王として認めさせることができれば………って、そんなにうまくいくかな?
そうだ!貧民街の抜け道みたいに、王宮にも抜け道ってないのかな?万が一のとき、王族が逃げ出すために抜け道があるんじゃない?
プロフェさんだったら、抜け道を知ってるかも。
「シルヴァお願い。プロフェさんのところへ行って、王宮に抜け道がないか聞いてきて」
「セシル様のお願いとあらば、しかたありませんね。行ってまいります」
シルヴァは超特急で飛んで行った。
そっか。シルヴァに言うことを聞かせるには、お願いをすればいいのか。ふんふん。
そして。あっという間に戻ってきたシルヴァ。褒めると、嬉しそうに顔をほころばせた。
「セシル様のご推察のとおり、王宮に抜け道がありました。複数の抜け道を聞いてまいりましたので、ご安心ください」
「ありがとう。シルヴァのおかげで、今夜、使用人の人達を助け出すことができるよ」
「セシル様のお役に立つことができ、なによりです」
とうさまの許可を得ようと振り返ると、とうさまは「いいだろう」と言った。
「だが、行くのはシルヴァだけだ。おまえが行くことは認められない」
「どうして?」
「万が一、おまえが捕まったらどうなる。シルヴァもレイヴも、エステルにフィーも、おまえを第一に考えている。おまえを助けるためなら、なりふり構わず行動すると思わないか。行動した結果、王宮が崩壊することになっても奴らは止まらないだろう。それに、俺もおまえのためならなんでもする。つまり、今回おまえは留守番するしかない。わかったか」
皆が暴走する姿を想像してしまい、気持ち悪くなった。ひとりが暴走するだけでも相当な被害なのに、それが5人となると………最悪、王都がなくなる未来が見えた。シルヴァは前科がある分、やらないとは言い切れない。
ここは、素直に留守番組に残るしか道はなさそうだ。
「わかりました」
しょんぼりしながら言うと、とうさまがくしゃりと頭を撫でた。
「皆、おまえを大事に思っているんだよ。そのことを、忘れないでくれ」
そういえば。王宮を脱出したあと、マーレ公爵はとうさまと一緒にオアシスへ来ることになった。一方の使用人達は、貧民街のレジスタンスがかくまってくれることになっている。いつ、根回ししたんだろう?
それから、食事をしたりゆったりと湖を眺めたりして夜になるのを待った。
「じゃあ、行って来る」
そう言って、とうさまがシルヴァの肩に触れた。
「俺達がいるから大丈夫だよ~」
レオがえへんと胸を張った。
「信用してくれていい」
………サニアまで。