215 オアシス2
「コトクの木で作った笛があるでしょ。あれでコミュニケーションがとれるよ」
「しかし、笛はいまレオ様がお持ちです」
「そっか。………って、クロードってばア・ッカネン国の王になるんだから、わたし達のことは呼び捨てにしなきゃだめでしょう。わたしこそ、クロード様と呼ばなきゃいけない立場になるんだから」
「とんでもない!セシル様は、俺が忠誠を誓った方です。俺のことなど、どうぞいつまでも呼び捨てにしてください!」
そう言って、クロードはわたしに深々と頭を下げた。
あ~あ。ユリアナ令嬢の見てる前でこんな姿を晒すなんて、クロードもまだまだだね。
そう思っていたら、ユリアナ令嬢にも頭を下げられた。
「セシル様のことはクロード様から伺っております。苦しいときに、救い上げてくださった方だと。私のことも、どうぞユリアナとお呼びください」
ひえ~。わたしなんて、ただの一介のハンターなのに。
『なにをしておるんじゃ?』
と問われたので、状況を説明するとまた笑われた。
『セシルは多くの者に好かれているようだの。よいことだ』
『ありがとう。王蟲ベンベルグ』
『なんの。それより、わしに乗りたいのか?人間を乗せるのは久しぶりじゃ。いささか加減できんかもしれんが、それでもよければ乗るがよいぞ』
『嬉しい!ありがとう、王蟲ベンベルグ!』
そう言ってはしゃいでいたら、いつの間にかフィーとシルヴァも一緒に乗ることになった。
「セシルだけずるい!僕も乗りたい!」
「セシル様とフィーだけでは、落ちる可能性があります。私も乗りましょう」
と言われて、断れなかったの。
王蟲ベンベルグの体表はごつごつして岩のように硬く、矢など簡単に弾き飛ばしてしまうだろうと思えた。その上、砂漠の暑さ、寒さにも耐えられる耐久性を持っている。お風呂を長湯したくらいでのぼせてしまうわたしには、羨ましい耐性だ。
王蟲ベンベルグは、わたしやフィーと同じくらいはしゃいでいた。巨躯を何度も上下させてたり、頭頂部ぎりぎりまで砂に潜ったり。そのたびにわたし達は空中に跳ね上げられたり、砂漠を走っているかのような感覚に陥ったりした。わたし達は興奮して両腕を上にあげて大声をあげたり、笑ったり、とにかく楽しんだ。
シルヴァは、そんなわたし達が空中に投げ出されるたびに掴まえて、王蟲ベンベルグの上に降ろしてくれた。おかげで、安心して楽しむことができたの。
『そういえば。どうしてサンドワームは生き物を襲うの?魔素だけじゃ足りないの?』
ふと、疑問に思っていたことを聞いてみた。いつの間にか、わたしの言葉も砕けたものになってしまっている。でも、王蟲ベンベルグが「それでいい」って言ったんだから、いいの。
『砂漠は、他の陸地に比べて魔素が薄いのだ。それにひきかえ、わしらの体は大きく大量のエネルギーを必要とする。だから不足するエネルギーを補うために、他の生き物を食らうのじゃよ』
なるほど。
魔素が薄いということは、魔法の力も弱まるということだ。注意しないと。
『生き物なら、なんでも食べるの?前に狩りをした獲物が少しあるけど、いる?』
『おお、ありがたい!昨日はわしらだけ食ったものだから、女衆に叱られておったんじゃ。これで、女衆の機嫌も直るだろう』
その女衆は、オスより警戒心が高いのだそうな。呼んでも出て来ないだろうということで、代わりに呼ばれた若く小柄なサンドワームが獲物をせっせと運ぶことになった。さすがに、その面倒な仕事を王である王蟲ベンベルグはやらないんだね。
若いサンドワームは、わたしがマジックバックからオークやオーガなんかを出すのを見てびっくりしていた。そうだよね。普通は、こんな小さなバックにこんな大きな獲物が入るとは思わないよね。
王蟲ベンベルグはと言うと、マジックバックを知っていたらしく平然としていた。昔の商人が使っていたらしい。
そう考えると、いまより昔のア・ッカネン国のほうが優れていたのかもしれない。サンドワームを移動手段とするだけの技術と、餌となる家畜を飼うだけの力があり、マジックバックも当たり前に使っていたんだもの。きっと、魔大陸の東の地と取引があったに違いない。マジックバックは、あそこの技術がなければ手に入らないから。
「あ、見てセシル!エステル達だよ。ニキ達もいる!」
フィーが声をあげて、遠くへ向かって手を振った。
そちらからは、一匹のサンドワームがこちらへ向かって来るところだった。
『ご苦労だった。休むがいい』
『はい、王様』
王蟲ベンベルグに言われて、エステルやとうさま達を背中から降ろしたサンドワームは砂に潜って行った。
王蟲ベンベルグも、「また来る」と言って去って行った。
「………それで。父はどうなりましたか」
凛とした表情を作りながら、ユリアナ令嬢が言った。
あの騒ぎの中、連行されたマーレ公爵のことが気になるのは当然だ。
それに。とうさま達は、まっすぐ逃げて来たにしては時間がかかり過ぎている。きっと情報収集していたんだろう。そう考えても無理はない。
「マーレ公爵は、貧民街の民衆を陽動した罪で処刑されることが決まった」
「なんですって?まさか、ありえません」
「屋敷の使用人も、一人残らず処刑すると告知があった」
「なんてこと!」
さすがのユリアナ令嬢も、顔色が悪い。




