210 砂漠の対決2
ごおぉぉおおおおおおおお!!!!
そのとき、凄まじい地鳴りともに砂漠が盛り上がった。そして、砂の中からミミズに似た巨躯が姿を現した。大きな口を開け、鋭い牙を覗かせている。どこに目があるのかわからないけれど、射殺すような視線は感じる。そして、頭を大きくもたげ、こちらを一飲みしようとするかのように威嚇の息を吐いている。
サンドワームを前に、わたしは心躍るのを感じていた。呼吸が早くなり、手のひらにじんわりと汗をかいているのを感じる。これは恐怖ではない。畏怖でもない。これは、この感情は、歓喜だ。
砂漠の王蟲を前に、わたしの心は歓喜に打ち震えていた。
なんて見事なんだろう?
なんて素晴らしいんだろう?
気づけば、わたしはサンドワームに向かって歩き出していた。
『王蟲サンドワーム、初めてお目にかかります』
『!!人間よ、我らの言葉がわかるのか』
王蟲サンドワームは、空気を震わせて威厳のある声を発した。
もしかすると、この個体はサンドワームの王かもしれない。
『はい。わかります。あなたは王蟲サンドワームの王ですか?』
『………王蟲か。そう呼ばれるのは久しいな』
サンドワームの体が、悦びで膨らんだ。
『わしはベンベルグ。サンドワームの王だ。おまえ、名は?』
あぁ、やっぱりサンドワームの王なんだ。
『わたしはセシル。悪魔イヴェントラの子孫です』
『ふっふっふ。それで、その奇妙な気配をしているわけか。その悪魔は、おまえの使い魔か?』
サニアとレオも、わたしに悪魔の血が流れていることにすぐ気づいたんだよね。そんなにわかりやすいのかな?
『シルヴァは、使い魔ではありません。仲間です』
『シルヴァだと!?』
シルヴァの名を聞いて、ベンベルグは動揺した。体表が怒りの赤に染まり、巨躯をうねうねと動かした。
大地が、揺れた。
ベンベルグの怒りに呼応して他のサンドワームも暴れ出し、あたりは舞い上がった砂埃に包まれた。
いつのまにか、周囲をサンドワームに囲まれていた。逃げ道を塞がれ、騎士達は怯える馬達を落ち着けようと必死だった。馬がいなければ、走ってこの砂漠から逃げなきゃいけないもんね。まぁ、サンドワームの群れを前にしては、とても無理な相談だけれど。
『ラドバウト王を殺したシルヴァかっ!!あの男のせいで、我らサンドワームと人間の繋がりは絶たれた。あのできごとで人間も大勢死んだが、食料を提供してくれる人間を突然失い、我らも多くの仲間を失った………。あの日から、ツァラも姿を見せなくなった』
そっか。ラドバウト王が自ら王国の破滅を望んだせいで、怪鳥ツァラがア・ッカネン国を見放したのかもしれない。
『ツァラに会いたいですか?』
『もちろんだ』
ベンベルグの体表はまだ赤いままだったけれど、口調は少し落ち着きを取り戻したように感じる。
『では、騎士達の吹く笛の音に従わないと約束してください。彼らは、王都の貧民街をあなたがたの襲わせようとしているんです』
『なんと愚かな!人間はなにも学ばないのか!?』
ベンベルグは再び怒りを露わにし、その長い体を砂から出し入れさせて暴れた。
騎士達はその様子を見て、すっかり戦意喪失しているように見える。
でも、油断は禁物だよ。厳しい戦闘訓練を耐え抜いて騎士になった者達だもの。いまは戦意喪失していても、きっかけがあればすぐにやる気を取り戻すに違いない。
「シルヴァ、フィーを連れて来て。急いでね!」
「かしこまりました」
「「「「「シルヴァだと!?」」」」」
シルヴァと聞いて動揺する騎士達をひと睨みし、シルヴァが高速でマーレ屋敷へ向けて飛び立って行った。
うわぁ。あんなに早く飛べるんだ。早すぎて、目で追えなかった。
レオは相変わらず、笛を吹いている。
「シルヴァと言えば、旧王都を滅ぼした悪魔ではないか!」
うんうん。シルヴァはここでも有名だね。
「隊長!あの娘も妙ですよ。まるで、サンドワームと会話しているような………」
妙じゃないよ!魔物使いを知らないの?
「隊長、スケルトンは笛を吹くのに忙しいようです。いまなら、小娘ひとり口を塞ぐのは容易いことかと!」
え、わたしを殺す気?
「そうだな。我々には任務がある。王妃様の命令に従うためには、あの娘は邪魔だ。始末しろ。スケルトンもだ」
どうやら、命令遂行を第一と考えたらしい。困ったな。
『どうした』
『騎士達は、わたしとレオを殺すそうです』
『愚かな』
『まったくです』
答えて、わたしはマジックバックから短剣を取り出した。鞘から抜くと、レッドドラゴン(レイヴ)の鱗から削り出した紅い刀身が夕日を受けて怪しく光る。
「レオ、笛はもういいよ!レオも戦って!」
さすがに、両手で笛を吹きながら身を守るのは難しいだろう。
「オーケー!」
レオが笛をやめると、周囲でざわついていたサンドワーム達が一瞬、静まり返った。
ごおぉぉおおおおおおおお!!!!
周囲を埋め尽くしていたサンドワームが轟音と共に騒ぎはじめ、一匹の個体が体表を赤く染めながら騎士達に向かって牙を向いた。
『鎮めの笛の音が聞こえなくなり、血気盛んな若者が己を押さえられなくなったか………』
騎士はなんとか身をよじってサンドワームを避けたが、剣を握っていた右腕の肘から先を持って行かれてしまった。
騎士のふたりが負傷した騎士に駆け寄り、手ぬぐいで傷口を縛った。けれど、傷口から滴る血が砂漠に染みていく。




