208 マーレ公爵屋敷5
「なにが、目の保養になるって?」
ノックもなく、レイヴが部屋に入って来た。
着替え中じゃなかったからいいけれど、もし着替えていたらどうするつもり?
そういえば。わたしが見られて気まずい思いをするようなときにレイヴが来たことないな。気配でそういうのわかるのかな。
「セシル、元気そうだな。よかった」
「心配かけてごめんね」
「まったくだ。長風呂して気を失うとか………しかも、傍にいたいのにニキに追い払われて、この部屋にも入れてもらえなかったんだ。心配で夜も眠れなかったよ」
言いながら傍へ寄って来て、レイヴはわたしをぎゅっと抱き寄せた。
「くそっ。セシルからニキの匂いがする」
うん。そりゃあ、とうさまに一晩中くっついていたからね。
「外で待ってるから、着替えたら朝食に行こう」
そう言うと、レイヴは名残惜しそうにわたしを抱き締めたあと、部屋から出て行った。
朝食を食べたあとは、特にすることもないので図書館に向かった。すると、すでにシルヴァがいた。
「お待ちしていました。セシル様が興味をお持ちになるような本を、いくつか用意しております」
「ありがとう。読むのが楽しみだよ」
そういうわけで、わたしは図書館で過ごすことになった。
エステルに聞いた話によると、サニアとレオの手ほどきを受けて、クロードがサンドワームを操る笛を作っているらしい。材料となるコトクの木が届いたんだね。レイヴとフィーは、とうさまと一緒に訓練をしているんだって。偉いね。そしてレギーとロイは、廊下でわたしの護衛をしてくれている。
アーカート王は相変わらず寝たきり。王宮に戻って来た王妃の機嫌が悪く、八つ当たりされる騎士やメイドの苦労が絶えない。とは、マーレ公爵を通じて聞こえてきた。せっかく王都跡まで出向いたのに、なんの収穫もなく手ぶらで帰ることになって機嫌が悪いんだろうね。
でも、と思う。もしわたし達より先に王妃達が王城跡地に着いていたら、サニアとレオは姿を現したのかな?
わたし達が王城跡地に着いたとき、シルヴァに反応して現れたようだった。王都が滅びる元凶となったシルヴァの気配を覚えていて、長年の眠りから呼び覚まされた。そんな感じだった。
もしかして、シルヴァがいなかったらサニアとレオは目覚めなかった?だとしたら、わたし達は運がよかった。
だって、シルヴァのせいで多くの大切なものを失い人間から魔物へ姿を変えたサニアとレオが、わたし達の味方になってくれる保障なんてなかったんだもの。
アーカート王や王妃達は、いまどういう状況なんだろう?日に日に衰弱していくアーカート王と、残り少なくなっていく寿命。そして探し求めていたクロードが、マーレ公爵家の令嬢の夫として現れた。マーレ公爵にセルドリッジ侯爵という後ろ盾を手に入れて、着実に足場を固めている。クロードが簡単に手を出せない立場になっていくのを、王妃側は恐れているんじゃないかな。
追い詰められたら、王妃側はどんな動きに出るだろう?無謀な動きをしなければいいんだけれど………。
ピィーーーーーー!
聞きなれない音に、体がビクッとした。
あ、これ、笛の音だ。
そう気づくと、緊張した体から力が抜けた。
ピィー………ピピ………ピィ!
調子はずれな笛の音に、思わず笑みがこぼれる。
きっと、クロードが完成した笛を吹いているんだね。
クロードの部屋に様子を見に行くと、クロードはできたばかりの笛を手に苦笑いしていた。
「とりあえず形になったが、碌でもない音だよな」
「いや、俺が知ってる笛の音もこんな感じだったよ。なぁ?兄弟」
「そうだな。この妙な音が、サンドワームを惹きつけるんだ」
ふぅん?サニアとレオがそう言うからには、これが正解なのかな?
コトクの木はとても硬く、打ち付け合うと甲高い音がする。これを削りだすのは大変な労力が必要だったとわかる。決して不器用ではないクロードの手が、傷だらけになっていた。
ユリアナ令嬢が、そんなクロードを心配して顔を曇らせて………いる?うん?やっぱり違うか。ユリアナ令嬢は、手に怪我をしたくらいで心配するような令嬢じゃないもんね。
だけど、わたしが回復魔法でクロードの傷を直すと、わずかだけど眉が動いた。
コンコン
そのとき、ノックの音がしてとうさま達が入って来た。珍しく、慌てた様子だ。
「ママ、ここにいたんだね!」
フィーがわたしを見つけて抱きついてきた。
「大変なんだ。王妃がサンドワームを操る笛を使って、サンドワームに貧民街を襲わせようとしているんだよ!」
「ええっ!どうして?」
「説明はあとだ。サニア、サンドワームを操る笛は完成したのか?」
とうさまに問われて、サニアは頷いた。
「笛はできたが、まだ吹き方を教えていない。いま、笛を吹けるのはレオだけだ」
「わかった。セシル、レオを連れてシルヴァと砂漠へ向かってくれ。サンドワームの動きを止めるんだ」
「貧民街はどうなるの?」
「レイヴとレギー、ロイを貧民街へ向かわせている。ゴドとレジスタンスを見つけて避難誘導をさせるんだ。レジスタンス村には、すでに知らせを送っている」
「はい」
「俺はここに残り、クロードを守る。エステル、サニアも手伝ってくれ」
「僕だって力になるよ!」
たぶん、王妃もサンドワームに貴族街を襲わせるなんてことはしないだろうけど、サンドワームが完璧に言うことを聞くとは限らない。暴走すれば、貧民街だけでは済まなくなる。
なにかあっても、とうさまや皆がいればマーレ公爵屋敷の皆は大丈夫だよね。




