207 マーレ公爵屋敷4
「………このように、我々はクロードを王にするべく手を尽くしている」
はっ。考えごとをしていて、話を聞いていなかった。
「ところで。君達は食事をするのかね?もしそうなら、夕食を一緒にしようじゃないか。まだ、色々と話したいことがある」
「いや、俺達は食事はとらないんだ。骨が折れるだけだからな」
え………。
それって、ジョークのつもり?
冷たい空気が流れたのは、言うまでもない。
「ごほんっ。食事をとっても、出て来るんだよ。わかるだろ?」
気まずかったのか、わざとらしい咳払いをしたサニア。そして、自分の胸を叩いた。白いシャツに、あばら骨が透けて見える。
なるほど。臓器がないから、なにか食べてもそのまま出て来ちゃうんだね。
そういうわけで、サニアとレオは部屋で朝まで休むことになった。
あっ、屋敷の中をスケルトンの姿で歩きまわせることはしないよ。シルヴァに幻影魔法をかけてもらって、騒ぎにならないようにした。
わたしは、エステルに連れられて浴室へ行きお風呂に入った。久しぶりのお風呂は気持ちよかった。だってねえ、ア・ッカネン国は乾燥していて埃っぽいんだもの。
ただ、失敗したのは、長湯をし過ぎてのぼせてしまったこと。なんとか服を着たけれど、頭がぼうっとして手足に力が入らない。脱衣所にあるソファにこてんっと横になり、荒い息をしながら目を閉じた。
「セシル様、申し訳ございません。私の責任です」
エステルが泣きそうな声で言った。
なにを言っているの。長湯したのは、わたしの責任なのに。
「少しだけお待ちください。人を呼んできますから」
そう言って、エステルは脱衣所を出て行った。止めようにも、苦しくて声にならない。
「………セシル、聞こえるか………?」
気遣うような、優しい声が聞こえた。
「なぁ兄弟、こんなところじゃなく、ベッドに寝かせてやったほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。骨が折れる仕事だ」
こんなときにジョークを言うなんて、もう。この声はサニアとレオだね。
「無骨だが、我慢してくれよ」
言われた意味がわからなかったものの、体をひょいっと抱き上げられてわかった。これは、骨の感触だ。ごつごつして、硬くて、無骨な………って、そこまで考えてはっとした。わたしまでジョークを考えている。なんだか恥ずかしい。
そこまで考えて、限界がきたらしい。くらくらしていた頭が、ぼうっとしてきた。そして、意識を手放した。
ふと目を開けると、見慣れない天井が見えた。でも、この天井は覚えている。マーレ公爵の屋敷の天井だ。体はふかふかの布団に沈み込んでいて心地いい。横を向くと、額からタオルが滑り落ちた。
そのタオルをとうさまが拾い上げて、ベッドサイドのたらいに入れた。ぴちゃんと水の音がした。
「もう大丈夫だな。………あまり心配させるな」
そう言って、とうさまは苦笑した。
「ごめんなさい、とうさま。ずっとついててくれたの?」
「いや。夕食会のあとでエステルから報告を受けた。さっき来たところだ。それまでは、サニア達がついていてくれた」
サニア達?サニアとレオ、エステルのことかな?どうして、夕食会が終わるまでとうさまに報告をしなかったんだろう?
「あとはエステルに任せる。エステル、セシルのことを頼む」
「待ってとうさま!今夜は、一緒に寝ちゃだめ?」
そう言うと、とうさまは嬉しいような、困ったような、複雑な表情をした。
やっぱりだめだったかな?
「………わかった」
声をふり絞るように言うとうさま。その様子が可愛くて、思わず笑ってしまった。
すると、とうさまは笑われたことが不満だったらしく、むすっとした。
わたしがベッドの端に寄って布団をめくると、とうさまはむすっとした表情のままベッドに乗ってきた。
その細身だけれどたくましい体に抱きつくと、懐かしい匂いがした。嬉しくなって、ぎゅうぎゅう抱きつく。なんとも言えない、幸せな気持ちになった。
いつの間にか眠っていた。
「………セシル………セシル、そろそろ起きてくれ」
困ったようなとうさまの声が聞こえて目を開けると、とうさまの顔が間近にあって驚いた。
あ、そうだ。昨日、とうさまと一緒に寝たんだった。
とうさまに抱きついたまま寝ていたらしく、それでとうさまは動けなかったみたい。
とうさまの体にぎゅうぎゅうと抱きついて、離れるのを名残惜しんだあと、とうさまの匂いを胸いっぱいに吸い込んでからぱっと起きた。
よしっ。今日も一日、頑張ろう!
「………はぁ~」
とうさまはため息をつきながらベッドに起き上がり、髪を掻き上げた。その仕草が、どきっとするほど色っぽかった。
ううっ。とうさまが心臓に悪い!
よろよろとベッドから降りると、エステルが手を貸してくれた。
「大丈夫ですか?まだ、お加減が悪いんですか?」
「ううん。大丈夫。ちょっと、とうさまの色気に当てられちゃっただけ」
「あぁ。なるほど。いまのは、私もドキドキしました」
「やっぱり?とうさまって、色っぽいよね?」
思わず、エステルとふたり、小声になりながら話していると、とうさまがベッドから降りてからまた長いため息をつき、乱れた服を直しながら部屋から出て行った。
「うわぁー、いまの見た?なんか、イケない姿を見ちゃったみたいでドキドキするよ」
「私もです、セシル様。今朝は色気が駄々洩れでしたね。目の保養になります!」




