204 マーレ公爵屋敷
王都には、特に怪しまれることなく入れた。しっかり荷物を持っていたのが効いたかな。
「まっすぐクロードってやつのところに行くのか?」
王都をぐるりと囲む塀の内側に入り、王都を南北に縦断する目抜き通りを歩きながらサニアが言った。
「その前に、サニアとレオの服を買いに行かない?わたしも、これは借り物だから自分の服が欲しいし」
「わかった。俺達の服は古着でかまわないぞ」
「どうせ、そんなに着ないしね」
そういうわけで、人に道を聞きながら古着屋を目指した。
ダミーの荷物は、路地の陰に入ったときに、こっそりマジックバッグにしまった。あの荷物は、王都に入るときに怪しまれないための見せかけの荷物だからね。
新品の服が買えないわけじゃないけれど、古着のほうが着慣れた感じがしていいんだよね。なにより、数を買うから安いほうがいいし。
予備も含めて、それぞれ数着ずつ買った。たくさん買ったから、ずいぶんおまけしてもらったよ。よかった。
靴は、ちゃんと新品を買ったよ。前の持ち主が水虫だったりしたら、水虫がうつって大変なことになるからね。
古着屋でそのまま着替え、残りの荷物はマジックバッグにしまった。店主はそれを見て、羨ましがっていた。
わかるよ。わたしも、とうさまが持っているマジックバッグが羨ましくて仕方なかったもの。自分で持てる荷物には限りがあるけれど、マジックバッグがあれば、自分で持てる以上の荷物を運ぶことができる。容量が大きければ、馬車何台分も身ひとつで運ぶことができる。その便利さに、わたしも憧れた。
商人なら、よりマジックバッグが羨ましいだろうね。商売する上でも便利だもの。
だから、わたしのマジックバッグの容量はそれほどないふりをしていおいた。余計な注目を集めて、狙われるのは避けたいから。
そして、なにごともなくマーレ公爵の屋敷へ着いた。
だけど、見た目が違うからか、いくらクロードの連れだと言っても中へ入れてくれなかった。その警戒心は認めるけれど、クロードに確認するとか、もう少し柔軟に対応してくれてもいいのに。
見た目を元に戻せばいいと思うでしょう?でもね、王国軍に見張られているいまは、わたし達がマーレ侯爵屋敷へ戻ったことを王妃側に知られたくないの。
だって、考えてもみて。わたし達の一味が全員マーレ公爵屋敷に集まっているのがわかれば、マーレ公爵屋敷を叩けば一網打尽にできるかもしれないでしょう?もちろん一網打尽になんかならなけれど、そう思われることは避けたい。
「どうぞお引き取りください。クロード様は、どなたにもお会いになりません」
マーレ侯爵屋敷の前に護衛に立つ騎士が、断固とした口調で言い切った。そのとき、屋敷の扉が開いてひとりの少年が転がるように飛び出してきた。
「フィー様!?」
「ママ!!」
驚きながらも、フィーを庇うように立った騎士を軽くかわし、フィーは伸ばしたわたしの腕の中に飛び込んできた。フィーがぶつかった衝撃を、後ろに立ったシルヴァが受け止めてくれて倒れることはなかった。
「戻ってくるって、どうして教えてくれなかったの?心配してたんだよ。怪我はしてない?お腹は空いてない?」
「連絡しなくてごめんね」
「大丈夫。報告は受けてるから。早く中に入ろう?ご飯の用意をさせるよ」
そう言って、フィーはわたしの手を引いて屋敷に入ろうとした。
けれど、とっさに動いた騎士に前を塞がれた。
「どいて」
フィーが可愛い顔に似合わない、低い声で唸るように言った。
「しかし、その怪しげな連中を中に入れるわけには………」
さすがマーレ公爵家の騎士。フィーの威嚇にも負けず、仕事を全うしようとしている。
「僕の言うことが聞けないの?」
フィーが目をすがめて、脅すように言った。
そのとき、扉が開いてユリアナ令嬢が顔を覗かせた。
「この無礼な騎士が、僕の言うことを聞かないんだ。せっかくママが戻ってきたのに」
「フィー様!」
騎士が顔色を青くした。
国鳥であるフィーに悪く言われて、自分の印象が悪くなることを心配したのかな。
「なんの騒ぎ?」
ユリアナ令嬢は、フィーに手を繋がれたわたしや、背後にいるシルヴァ達に視線を巡らした。そして、幻影魔法がかかっていないレギーとロイに目を止めた。
レギーとロイまで覚えているなんて、さすがユリアナ令嬢。ふたりに気づくと、彼女はは思案を巡らし、警戒を緩めた。
「フィー様のお客様ですね。どうぞお入りになって」
騎士が反論しようと口を開けたけれど、結局、口をパクパクと動かしただけで、言いたい言葉を飲み込んだ。仕える屋敷のお嬢様相手に逆らうのは、得策ではないと判断したようだ。
騎士はぎりぎりと歯ぎしりしながら、後ろに退いて道を開けてくれた。
わたし達は、人数が多いからか大勢が集まれる図書室へ通された。
図書室についてから、シルヴァがわたしと自分の幻影魔法を解いた。サニアとレオの幻影魔法はそのままだ。なぜなら、とうさま達はともかく、ユリアナ令嬢やメイドといったこの屋敷の人には、スケルトンは見た目の衝撃が大きすぎるから。絶叫されるだけならともかく、気絶されては申し訳ない。