203 王都へ向けて4
「呪いっていうのは、シルヴァのことじゃないか?」
「そうだな。ラドバウト王が最後に行われたのは、シルヴァの召喚だ」
「シルヴァが美しかった都を土に還してしまったんだ」
「しかし、それがラドバウト王の望みだったんだ。シルヴァに殺された恨みはあるが、シルヴァは召喚者の命令に従ったに過ぎない。都がなくなったことを、恨んではいないよ」
「あぁ、それは俺もだ。悪いのは、レイニエ王妃を殺したカリクステだからな」
ということは、シルヴァを召喚したラドバウト王のことは恨んでいないのかな?
でも、と思う。当時の事情を知っているふたりはともかく、日常の生活を送っていた人々にとっては、あの事件は厄歳以外の何物でもない。突然、身に降りかかった黒焔に身を焼かれて、愛する者と強制的に引き離される痛みと恐怖はどれほどのものだろう。一瞬のこで、死を理解できないまま亡くなった人も大勢いたと思う。恨みはどれほど深いだろう?
いくら召喚者に命令されたからとは言え、数千~数万の人が暮らす都を滅ぼしてしまうシルヴァの力に、いまさらながら身震いがした。
さっきまでいた王都跡。あの広さに暮らしていた人々が、逃げ出す隙も与えられず焔に包まれたかと思うと胸が苦しくなった。
「セシル様、どうされました?」
言われて顔を上げると、シルヴァが顔を強張らせて立ち止まった。自然と、わたしとサニアも止まることになる。
「どうし………!?」
サニアはわたしを見て固まった。
「セシル、どうして泣いてるの?」
「えっ?」
レオが困ったように言い、両手が塞がっているわたしの代わりに涙を拭ってくれた。
そのときになって初めて、わたしは自分が泣いていることに気づいた。ポロポロと涙が頬を伝い服を湿らせていく。
「あれ?なんでわたし、泣いて………?」
そのときシルヴァがサニアからわたしを引き離し抱き上げて、わたしの顔がほかの人に見えないように、わたしの顔を自分の胸に押し付けるようにした。シルヴァの心臓の音が聞こえる。
シルヴァの服を掴み、顔を摺り寄せた。
「セシルさま、どうされました?」
いつになく優しいシルヴァの声が聞こえる。
「うん………ちょっと………このままでいさせて」
「………かしこまりました」
そう言ったシルヴァが、サニアとレオに殺気を放っているのを感じた。
さっきまで話していたサニアとレオの会話の中に、わたしが泣く要素があったと思っているんだろう。あっているけれど、でも、ちがーう!!
このままじゃサニアとレオに余計な被害がいってしまうので、シルヴァの考えを訂正するために、掴んだシルヴァの服をクイクイと引っ張った。
「はい、なんでしょう?セシル様」
呼ばれて嬉しそうな顔をしているシルヴァを、ぐっと見上げた。
「あのね。原因はシルヴァだからね」
「はい?」
「わたしが泣いたのは、王都跡で眠っている人々を想ってなの。だから、ラドバウト王の命令に従って都を灰燼に帰したシルヴァのせいなんだよっ」
「あ………それは………申し訳ありません」
わたしが泣いた原因が自分とわかり、目を伏せるシルヴァ。
こうしていると、とても都を灰燼に帰した悪魔とは思えない。
シルヴァが必死になにを言うか考えているのが、手に取るようにわかる。
「はぁーっ。なんだ、俺達のせいじゃなかったのか。安心したぜ」
「ほんと、突然泣かれてびっくりしたな」
サニアとレオがため息まじりに話している。
「それにしても、セシルの泣き顔は破壊力あるな」
「あぁ、思った。心臓止まるかと思ったもん。って、心臓ないけど!」
ん?破壊力?なんのことだろう?
それにしても。ちょっとレオ、それひどいジョークだよ。
シルヴァの肩を叩いて「降ろして」と言うと、シルヴァは、はっとしたような表情になり、無言でわたしを地面に降ろしてくれた。
そのあと、シルヴァは自分の体を盾にしてサニアとレオの視界からわたしを隠してくれた。
わたしの泣き顔を見られないようにしてくれているんだよね。
その気遣いはありがたく思うけれど、元々の原因はシルヴァなんだよね。困ったな。
涙はなかなか止まらなかった。でも、久しぶりに泣いたから、泣き止んだあとはすっきりした気持ちになっていた。
気になることはあるけれど、いま思い悩んでもどうしようもない。どうしようもないことを思い悩むなんて時間の無駄だよね。悩む時間がもったいない。それに、過去じゃなく、未来をどうするか考えないと。これから、考えなきゃいけないことがいっぱいなんだから。
まず、眠れる騎士を手に入れられなかった王妃側が、これからどうするのか動きを探りたい。それは、フィーに指示してもらって動物に諜報活動してもらえば済むことだよね。あ、でも、わたしだって動物の言葉がわかるんだから、わたしのお願いでも動いてもらえないかな?いやいや、王妃側の動向は常に見張っているはずだから、いまさらお願いしなくても大丈夫か。
そうなると、わたしがいま考えるべきは、とうさま達にサニアとレオをどう紹介するか、ということかな。




