197 印象はよくない
「手回しは万全ってわけね。それだけの後ろ盾と、君達みたいな戦力があればアーカート王には勝てるだろう。どうして、いまさら俺達を起こす?魔物になった俺達になにを期待している?」
「よお兄弟、そんな言い方しなくてもいいだろ。久しぶりの人間なんだぞ」
「いやいやいや。こいつも認めただろ。人間じゃなくて、悪魔なんだよ」
そう言ってサニー・アローズがわたしを指さしたとき、シルヴァが不機嫌な顔をしてその指を叩き落とした。気づけば、隣に立っていた。
「まったく、セシル様を指さすとは無礼ですね。それに、こいつ、ではなくセシル様、とお呼びください」
「はあ~~~?」
サニー・アローズが盛大にため息をつく。
「こっちは、眠っていたところを叩き起こされて機嫌が悪いんだ。そんな気をつかうのは………あぶなっ」
シルヴァが不機嫌そうな表情のまま、無言でサニー・アローズへ向けて拳を振るっていた。
サニー・アローズがとっさに体を捻って避けたので、シルヴァの拳は空を切った。ぶつかる対象をなくしたシルヴァの拳は、そのまま地面に叩きつけられ、地面が大きくえぐれた。
わたしは足元の地面が崩れる前に後ろに飛び、レギーとロイの腕を掴んでから安全な場所までジャンプして離れた。
サニー・アローズはレオポルト・リシャールに首根っこを掴まれて、わたし達と同じく後ろへ飛んでいた。ただしサニー・アローズは着地がうまくいかなかったのか、地面に倒れている。
大きくえぐれた地面の中にいたシルヴァも、軽くジャンプしてわたしの隣にやってきた。
「セシル様。失礼いたしました。ついカッとなってしまいました」
「うん。気を付けてね」
「はははっ。俺達のことは完全スルーだね」
レオポルト・リシャールがおかしそうにあごの骨をカタカタ言わせた。
「おもしろい。おもしろいよ、君達。なあ兄弟、シルヴァとヤリあってみようか?話し合うより、そっちのほうがよっぽどおもしろいだろ?」
そう言ってレオポルト・リシャールが地面に手を突っ込んだ。手を引き抜いたとき、その手には一振りの大剣が握られていた。
ぶんっ!
レオポルト・リシャールが大剣を振るうと、大剣に付いていた土が飛ばされて、ここまで風が届いた。
「………その時間はないみたいだぜ、兄弟。馬車が土煙を上げてこっちへ向かって来る。あ、ありゃだめだな」
サニー・アローズの視線の先を見ると、王都跡地の農道に差し掛かった馬車が、バランスを崩して畑に突っ込んで行くところだった。あれは、車輪か車軸が折れている。馬車が傾いて勢いよく畑に突っ込み、先導していた馬の隊列が動揺しているのが遠目でもわかる。なぜなら、ここまで甲高い女性の悲鳴が届いているから。高い声は響くとは言うけれど、これはとんでもないね。後続の馬車や馬の隊列は、乱れながらもなんとか踏みとどまり、畑に突っ込むことはなかった。
「あいつらとは話したくないな」
サニー・アローズがぽつりと言った。
「そうだな。あんなに護衛に守られてるってことは、どこかのお偉いさんだろうね」
「おそらく、あれは王妃ですよ。ここへ来る途中で追い越してきたんです」
「ふぅん?どうやって追い越したんだ?」
レオポルト・リシャールが興味津々の様子で問いかけて来た。
「シルヴァに飛んでもらって、レジスタンス村から運んでもらったんです」
「へえ~。レジスタンス村?そんな気骨のある連中がいるのか?」
サニー・アローズは、今までで初めてと言ってほど、興味を引かれた様子を見せた。
「よしっ!そのレジスタンス村へ行ってやる」
「え、来てくれるんですか?」
ふたりとはもっと話したかったから嬉しい。
「いいのか?兄弟」
「あぁ、いいんだ、兄弟」
問いかけたレオポルト・リシャールに、サニー・アローズはにこやかに頷いた。
「で、どうやってレジスタンス村まで行くつもりだ?この時間に空を飛んだら、連中にも見られるだろう?」
サニー・アローズが言う連中とは、王妃一行だと思う。畑に倒れた馬車からドレス姿の女性を引っ張り出し、同行していた騎士達が平謝りしている。たぶん回復魔法が仕える者も同行しているはずだから、怪我は問題ないと思うけれど、腹を立てているのはドレスがだめになったのかもしれない。
あ、後続の馬車に乗り換えるみたい。そうだよね。王妃様が農道なんか歩かないよね。
今度は、さっきみたいなスピードではなく、ゆっくり進んでいる。
わたし達は視力がいいから王妃一行の動きも見えるけれど、あちらは普通の視力の持ち主だと思うから、こちらには気づいていないように見える。もし気づいていたら、また猛スピードで向かって来ようとして畑に突っ込むのがオチだもの。
そもそも、あんな貴族が乗るような馬車は農道のように荒れた道を進むようにはなっていない。スピードを出せば壊れるのは当然だ。
「認識阻害の魔法をかけて空を飛びます。いまはまだ王妃一行に気づかれていませんから、それで十分でしょう」
やっぱり、王妃一行に気づかれていないんだ。
「わかった。それでいい。すぐに行こう」
サニー・アローズは急かすように言った。そうだよね。いまは気づかれていなくても、いつ気づかれるかわからないものね。
「セシル様、よろしいですか?」
「うん。お願いね、シルヴァ」
手を伸ばすと、シルヴァに手を取られ、抱き上げられた。




