191 カラスのお使い
「怖がらなくて大丈夫ですよ。いまは大人しいですから」
わたしがそう言うと、シルヴァが意味ありげな微笑みを浮かべた。
「もうっ。そんな顔するから、怖がられるんでしょ?」
「くふふっ。セシル様のお気に召しませんでしたか」
「そういう問題じゃなくて。これから協力してもらうかもしれない相手を、必要以上に怖がらせなくてもいいでしょ」
「こんなみすぼらしい連中が、セシル様のお役に立てるとは思えません。味方が必要であれば、他をあたったほうがいいでしょう」
「他って、たとえば?」
「サンドワームなどいかがでしょう?」
「ええええっ!!サンドワームを手懐けられるの!?」
ついサンドワームを乗りこなす自分の姿を想像してしまい、興奮してしまった。
「もう、そうじゃないでしょ!?あ、その顔!わたしをからかってるの!?」
「こんな可愛らしいセシル様をからかうなんてとんでもない」
言いながら、シルヴァはにやりと笑った。なんて腹の立つ笑い方!
「………と、普段はこんな感じでセシル様とじゃれているので、怖がらなくて大丈夫ですよ」
そうレギーが言って、わたしとシルヴァを見ながら苦笑した。
そうだった!シルヴァに、プロフェとゴドを怖がらせないように言っていたんだった。
「シルヴァ殿がセシル様と呼ぶということは、セシル様は高貴な立場でいらっしゃるのかの?」
プロフェが敬語に変えて話しかけて来た。
「いいえ、プロフェさん。わたしは一介のハンターにすぎません。たまたま、シルヴァの契約者になってしまっただけです」
「なんと!」
「なんだと!」
驚くプロフェとゴド。こうして見ると、驚く姿がよく似ている。家族なんだと、しみじみ思う。
それから、話をクロードのことに戻し、いまはクロードがユリアナ・マーレ公爵令嬢と結婚し、マーレ公爵の館のお世話になっていることを話した。クロードの後ろ盾に、セルドリッジ侯爵がついてくれたことも。
「ふむ。そこまで話が進んでいるとは、手際がいいですな」
「俺達レジスタンスも、クロード殿下を応援します」
「ありがとうございます。プロフェさん、ゴドさん」
レジスタンスまでクロードの味方になってくれるということは、大きな収穫だよね。
「ところで。今夜はこちらでお世話になるとして………ニキ様に連絡をとらなくていいのでしょうか?」
「そうだね。きっと心配しているよね。たぶん、そろそろ………」
コンコン
「あ、来たね」
ノックの音を聞いて立ち上がると、わたし以外の全員が警戒も露わにわたしを止めた。
「こんな時間に人が来るのは怪しい」
「兵士かもしれません」
「部屋の奥に隠れてください」
「竈の火も消しましょうか?」
心配してくれるのはありがたいけれど、問題はそこじゃない。
「………忘れているようだけど、玄関にドアなんてないよね?どうしてみんな、ノックされたの思ってるの?」
思わず笑ってしまった。
「そうじゃった!誰じゃ!?」
プロフェが誰何しながら玄関の布を払いのけると、そこには一羽のカラスがいた。
「カラス………?」
「そうか、フィー様の使いか」
「なるほど」
レギーとロイは納得したようだ。
プロフェとゴドは不思議そうな表情をしている。
『フィー様の使いで来ました。セシル様はあなたですか?』
カラスがぺこりと頭を下げた。
『来てくれてありがとう。わたしがセシルだよ』
『フィー様が心配していらっしゃいました。ご無事でなによりです』
カラスが目を細めて笑ったように見える。
『フィーに伝言をお願いできる?』
『はい!もちろんです!』
手紙を書くという方法もあるけれど、万が一、伝言係が王国軍に捕まったら手紙を読まれてしまう。それは避けたい。
『ゴドが仲間になってくれたから安心して。しばらく、ゴドと行動するよ』
『かしこましました!』
カラスは勢いよく返事をすると、空に飛び立っていった。
わたしとカラスの様子を呆然と眺めていたプロフェとゴドは、カラスを見送って長いため息をついた。
「セシル………様は、何者なんじゃ?」
「わたしは魔物使いなんです。だから、カラスとも会話できるんですよ」
「なるほどなぁ。セシル………様はすごいな」
「呼び捨てでいいですよ」
無理に様をつけて呼ばれるのは居心地が悪い。
「くふふっ。そうはいきません、セシル様。セシル様を敬いたいという気持ちがあれば、自然と様をつけてお呼びすることになるのですよ」
シルヴァったら、なにを言っているんだか………。
「ところで、カラスには何と言っていたんですか?」
レギーが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「うん。しばらくゴドと一緒にいるから心配しないで。って言ったの」
「「えっ!」」
プロフェとゴドが同時に驚いた声を上げた。
「元々、国王側に見張られていたけれど、貧民街で騒ぎを起こしたせいで、見張りが強化されたはず。いまはとうさま達の元に戻るより、別行動していた方が注意を逸らせると思うの」
つい、シルヴァ達に話すつもりになって、ため口になっていた。




