187 宝剣のありか
「じゃあ、すぐに………って、ちょっと待って」
シルヴァひとりで行かせたら、前みたいに騒動になるに決まっている。それは困る。
「わたしも行くよ」
「おや、私は信用がないのですかね。しかし、セシル様とご一緒できるなら退屈はしないでしょうね」
シルヴァは嬉しそうに、くふふっと笑った。
「どこへ行くの?僕も一緒に行っていい?」
「ごめんね。フィーはクロードの傍にいてくれる?クロードを守ってね」
「そっか。わかったよ」
フィーはしょんぼりと言った。
いまはクロードの存在が国王側に知られているし、わたし達の動向を探るために見張りがついているはず。別行動をすれば、それだけ狙われやすくなる。なるべく離れないほうがいい。特にクロードとフィーは、国王側に渡したくない。
「どうした。なにを揉めている?」
「あ、とうさま。じつはね………」
シルヴァがア・ッカネン王家に伝わる宝剣のありかを知っていることを伝え、いまから取りに行くところだと説明した。
「………わかった。レギーとロイを連れて行け。おまえ達だけでは、目立ちすぎる」
「はい、とうさま」
というわけで、案内係のシルヴァと一緒に、レギーとロイをお供にして宝剣探しに行くことになった。
わたしは頭からショールを被り、顔を隠すようにした。ア・ッカネン国ではその気候から、日差しを避けるためショールを被る女性が少なくないの。おまけにマーレ家のメイドに服を借りて、町娘のような恰好をしている。少し大きいけれど、ア・ッカネン国の女性の服は体のラインを隠すようなゆったりした服装だから、ベルトでうまく調節できた。わたしの肌の白さはア・ッカネン国では目立つから、隠さなきゃね。
シルヴァはマーレ家の執事の服装を真似て、ア・ッカネン国の民族衣装を着ている。シルヴァの美しい顔にその服装は目立つけれど、男性は顔を隠さない風習なので仕方ない。
レギーとロイは従者といった様子で、ア・ッカネン国の服を着慣れているせいか違和感がない。元々、ア・ッカネン国の出身だからね。
「それでは、参りましょうか」
支度ができたところで、シルヴァが言った。
ところで、宝剣は王都のどこにあるんだろう?幼いクロードの記憶を辿って、シルヴァはどこまで正確に知っているんだろう?でも、幼いクロードの記憶が正確だったとしても、当時から10年以上経っているんだから、王都も変わっているよね。10年経っても変わらない場所に隠したということ?
シルヴァが向かったのは、貧民街だった。平民街とは通り一本隔てただけで、雰囲気がガラリと変わる。石壁やレンガ造りの建物が多い王都には似つかわしくない、土壁の住居が並んでいる。ドアの代わりに、布が入口に垂れ下がっている。布では、人目は遮ることはできても、虫は防ぐことができない。だから、虫を介した病気が流行りやすい。衛生状態も悪いのか、汗の匂いに混じって腐ったような匂いがする。
ボロボロの見た目の問題より、匂いに耐えられなかったわたしは、目についた人に片っ端から清浄魔法をかけていった。気休めにもならないけれど、ただの自己満足だけれど、やらずにはいられなかった。
だって、臭いの嫌なんだもの!
わたし達が通り過ぎたあと、残された人々………表にいた人か、玄関から見えるところにいた人………は、自分が清潔になったことに気づいて驚きの声をあげていた。
「なんじゃこりゃ!服が洗ったみたいに綺麗になってるぞ!」
「体が痒くない!」
「この魔法みたいなのはなに?」
ふふふっ。それは魔法なんだよ。
しばらく歩いて、シルヴァはひとつの井戸にたどり着いた。中を覗き込むと、干からびて砂が溜まっている。
「ここが、クロードの記憶にあった場所です」
なるほど。井戸なら、10年経っても変わらないよね。
井戸は直径1.5メートルほどで、深さは8メートルほど。周囲をレンガが固めていた。貧民街にあるにしては、頑丈な作りだ。
「わたしが入ってみる。ちょっと待っててね」
井戸を出るときのことを考えて、マジックバックからロープを出してシルヴァに手渡した。
ロープを伝ってスルスルと井戸の底まで降りてくると、両手を使って砂を掘ってみた。けれど、なにもなかった。う~ん。もっと深いところにあるのかな?
そのとき、ひとつのレンガに肘が当たって、レンガがごとりと動いた。不思議に思って触ってみると、レンガがひとつ取れて、奥から錆びついた食卓ナイフのような物が出てきた。見た目はしょぼくれているけれど、不思議な力を感じる。きっとこれが宝剣なんだろう。落すといけないので、すぐにマジックバックにしまった。
そのとき、ふいに思い立った。ここは昔、井戸として使われていたんだから、もう少し掘れば水が出るんじゃない?水があれば、貧民街の人だって、もう少し生活が楽になるよね?
地面に右手を向けて、井戸が水でいっぱいになる様子をイメージした。固い岩盤に下には、きっと水脈があるはず。拳大の水の塊が地下深くに向かっていく様子をイメージして、魔法を発射した。
どごんっ!
水魔法が固い岩盤を打ち砕いたのか、鈍い音が響いた。
「セシル様、ロープにお掴まりください!」
シルヴァの必死な声が聞こえて、ロープに掴まると一気に引き上げられた。井戸の外に飛び出したところを、シルヴァに抱き留められた。
シルヴァの背後に、勢いよく噴き出す水しぶきが見える。




