185 クロードの結婚2
「あらら。気づかれてたんだね」
フィーが言って、へへっと笑った。
わたしも笑わずにはいられない。賢い女性だね。
すぐにとうさまが向かえに来て、ぞろぞろととうさまについて応接室に入った。氷の微笑を浮かべる女性と、石のように固まった男がいた。
ちょっとちょっと!さっきまで流暢に話してたのに、なに固まってるの!?
わたし達は、椅子に座ったままのクロードの後ろに並んだ。わたし達が入って来たのを見て、ヘイラムさんは立ち上がって脇に寄った。そんなことしなくていいのに。
「ご紹介いたします。こちら、怪鳥ツァラのフィー・フィリア様です」
フィーが鳥の姿になると、ユリアナ令嬢はすぐさま立ち上がり深いお辞儀をした。侍女は平伏している。
「フィー・フィリア様にご挨拶申し上げます」
「ふふっ。そんなかしこまらなくていいよ」
そう言って人の姿になったフィーは、目隠しの壁になってくれたシルヴァやとうさまの陰で素早く服を着た。
「そして、あちらが、かつて王都を灰燼に帰した黒焔の悪魔シルヴァ様と、その契約者のセシル様です」
ユリアナ令嬢は気丈にも、悲鳴を上げなかった。代わりに目と口を大きく開け、その顔を扇子でうまく隠した。
「シルヴァ様、セシル様にご挨拶申し上げます」
動揺しているとは思えないほど優雅なお辞儀に、シルヴァも感心したようでほうっとため息をついた。
「わたくしなどとても及ばない、素晴らしい後ろ盾でいらっしゃいますね」
「くふふっ。表には出られない後ろ盾ですがね」
シルヴァのいう通り、いくら強力な力を秘めた仲間達とは言っても、悪魔が表立って国王の後ろ盾になることはできないし、フィーの存在を大々的に公表したくはない。
それから、ユリアナ令嬢に現状について説明した。冷たい表情で話を聞いていたけれど、頭の中では脳がフル回転で働いてる音が聞こえてきそうだった。
「つまり、こういうことですのね。アーカート陛下側は、クロード様がこのへルメイラ商会にいることを知っていて、一刻も早くセルドリッジ侯爵の後ろ盾が必要。そしてわたくしとの婚約を発表することができれば、陛下側も簡単には手出しできなくなるというわけね」
そう。クロードも、いつまでも隠れているわけにはいかない。公の場に出て行かないといけないよね。
「………わかりましたわ。わたくしがお父様を説得して、マーレ公爵家をクロード様の後ろ盾にしてみせます。そしてセルドリッジ侯爵家も!」
おおっ。なんて力強い!
貴族同士の結婚は、平民と違い家同士の取り決めとなる。婚約も同じ。本人同士がいくら望んでいても、その家の家長が許可しないと婚約すらできないの。
「まずは、皆様、マーレ公爵家の屋敷へおいでください。そこで両親に会っていただきます。権力に貪欲な父ですもの。おそらく、反対はしないはず。もし反対するようなら、わたくしが説得いたしますわ」
そっか。娘を次期王妃として教育してきた公爵が、権力に欲がないわけがないよね。アーカート王は違う女性を選んだけれど、次期国王の妃となれるなら飛びつくかもしれない。
そして、さっそくマーレ家の馬車とへルメイラ商会の馬車に乗り込み、わたし達はマーレ公爵家の屋敷へと向かった。
公爵家の応接室は、居心地のいい家具と空間でできていた。もてなすための準備がしっかりできていた。
マーレ公爵は白い物が混じる黒髪に緑色の瞳をした、ユリアナ令嬢によく似た冷たい表情の男性だった。
ユリアナ令嬢が自分の隣に座るクロードの他、シルヴァ、フィー、わたしの紹介をしてくれた。護衛としてついてきたとうさまは、部屋の外に立っている。
「………結婚とは、突然だな。しかも、相手はアーカート陛下にそっくりのクロード殿下とは。それほどアーカート陛下のお顔を気に入っているとは知らなかった」
そんな言い方ないじゃない。クロードだって、いいところはいっぱいあるのに。
「たしかにお顔は好ましくありますが、それだけで結婚を決めたわけではありません。それよりも。なにより権力がお好きなお父様ですもの。てっきり喜んでいただけると思っておりましたのに、その反応は残念ですわ」
おおっ、父娘の間で火花が散っているのが見えるようだよ。
「ふむ。政治に携わる者が、権力を求める当然だ。権力を求めない者に、政治に携わる資格はない。それはおまえもだぞ、ユリアナ。次期王妃になるということは、ようやくおまえも権力に目覚めたということか?」
「ふふっ。わたくしは、以前から権力に目覚めておりましたよ」
「なるほど。それでは、クロード殿下はどうかな?王となって、なにをなさるおつもりかな」
それからしばらく、政治的な話が続いた。
クロードは、この国を変えていきたいと言った。鎖国に近い状態から国を開き、各国と交流をしていきたいと。世界中を旅する中で感じたことを元を、クロードなりの考えを披露してくれた。とても、いきなり次期国王になった男とは思えない。以前から、ア・ッカネン国を変えたいと思っていたようだ。




