177 へルメイラ商会
へルメイラ商会の応接室に通されたわたし達は、人払いをお願いし、部屋に鍵をかけてもらった。その上でとうさまが遮音の魔法をかけ、フィーが正体を明かした。
ハディットの父は、ハディットそっくりの反応をした。まさに親子だ。
ハディットの父は、ヘイラムと名乗った。
そのヘイラムは、フィーの鳥の姿を見るや平伏した。
フィーは平伏するヘイラムの頭を翼の先でそっと撫で、すぐに人間の姿に化けた。魔力で服を作り出せないフィーは、変身のたびに服が脱げてしまう。足元に固まっていた服を抱えて、部屋の隅にあった衝立の後ろに隠れて着替えた。急いで服を着たので、少し乱れている。
「フィー様、お召し物が乱れております。私が直しましょうか?」
「い、いいよ!自分でできるから!」
フィーはヘイラムに断ると、そそくさとわたしの隣へやって来た。だから、わたしがフィーの乱れた服を直してあげた。さっきはヘイラムの申し出を断ったフィーだけど、わたしが手伝うのはなにも言わなかった。
ヘイラムがわたしを恨めしそうに見つめてきたけれど、とうさまが咳払いをしてヘイラムの注意を引いた。
「なんでしょう?」
「次に、この男を紹介したい。クロード、マスクをとってくれ」
クロードが前に進み出て、マスクをとった。そして、ハンカチで乱暴に化粧を落す。その顔を見たヘイラムは、再び平伏することになった。
「アーカート陛下!!」
「………アーカート王じゃない。俺はクロード。アーカート王の異母弟にあたるらしい」
「異母弟?初めて聞きました。アーカート陛下に弟君がいらしたのですか?」
そこでクロードは、ア・ッカネン国へ来るきっかけになった諜報部員ザカリーの話をした。王直属の諜報部員であるザカリーが、クロードを探していたこと。その理由まで聞き出せなかったが、クロードがアーカート王のスペアであることに関連していること。
「………なるほど。お話はわかりました。それで。クロード様は、アーカート陛下をどうなさるおつもりですか?」
「え?どう、とはどういう意味だ?」
「わざわざオ・フェリス国からア・ッカネン国へいらしたのは、アーカート陛下を弑逆して王になるおつもりか、と聞いております」
「父さん!?なんてことを言うんだ!」
「ハディット、おまえは黙っていなさい」
ヘイラムは息子を叱りつけて、クロードの目を見据えた。
「お答えによっては、私はあなた方の味方をすることはできません」
ア・ッカネン国へ来たのは、アーカート王の目論見を探るためだった。アーカート王を弑逆するなんてとんでもない。
でも、第三者の立場からみれば、突然現れた王弟が、長年の不遇の呪って、王に復讐を果たそうとすると考えるかもしれない。それか、王位継承権を巡って争うとか。
だけど、わたし達は知っている。今朝、カラスが知らせてくれたの。アーカート王が危険な状態だということを。もって3か月。全身を病に蝕まれていて、もう手の施しようがないそうだ。だけど、王妃の命令によって国中からあらゆる薬草が集められ、懸命にアーカート王の延命治療が施されている。
なぜなら、彼らは待っているからだ。クロードの到着を。文字通り、王のスペアを。
「ヘイラムさん、あなたはご存じでしたか?王のスペアという存在を」
急にわたしが話し出したからか、ヘイラムは怪訝な表情でわたしを見つめてきた。
「それは、次の王という意味ですか?」
「違います。ア・ッカネン王家では、王が病や怪我によって体の一部が使えなくなったとき、王のスペアとして生まれた者から必要な部位を奪い、王に移植してきました」
これは、フィーの記憶としてあったから間違いない。
「………移植とは?」
「簡単に言うと、使えなくなった腕の代わりに、スペアの腕を取り付けることをいいます」
「なんとおぞましい!そんなことが可能なのか!?」
ヘイラムだけでなく、ハディットも顔色が悪い。
「可能です。最終的には、スペアの意識と体を乗っ取り、スペアを王自身とすることもできます」
「それは………黒魔術ではないのですか?」
「そのとおり。黒魔術です。アーカート王はいま、死の床に臥していて、自分のスペアとなるクロードが現れるのを待っています。その意識と体を乗っ取り、新たなる王として復活するために。幸い、ふたりは似ていますから、王位継承をすることなく、アーカート王が病から復活しただけだと言えるかもしれません」
ちらりとクロードを見ると、彼は頷いてヘイラムさんに手を貸して立たせた。
「俺は、セシル様に忠誠を誓っている、一介のハンターにすぎない。死にかけの男に復讐するつもりはないが、体をくれてやるつもりは一切ない。それほど自己犠牲の精神がないんでね。それに、王になるなんてとんでもない。俺はただ、アーカート王との因縁を断ち切りたいだけだ」




