175 フィーの決意
レイヴに乗せてもらえば王都までひとっ飛びで行けるけれど、陸路を選んだのは、少しでもア・ッカネン国やアーカート王の情報が欲しいからだった。でも、考えてみれば、王の情報なんて機密扱いで、そうやすやすと手に入るわけがなかったよね。
それでも、少しはわかったことがある。ア・ッカネン国では薬草や薬が品薄になっていて、貴重品になっていること。そのことから、誰かが………おそらく国が買い占めていることが予想できる。
なんのために?
王族や、重要な地位にある人が病気なのかもしれない。
そこへ来て、国王のスペアと言われるクロードを、王宮直属の諜報機関を使って呼び戻そうとしている事実。ザカリーの証言で、クロードはアーカート王の異母弟だとわかったけれど。それが、どんな意味を持つんだろう?
もし体調を崩しているのがアーカート王だとして、次の王位を心配してクロードを呼び戻す?そんなことをするくらいなら、初めから大事にしていたはずだよね。いままで、死んでもおかしくないような扱いをしていたのに、いまになって必要になるということは、なにか重大な秘密があるに違いない。
そんな王都に、フィーを連れて行くことは不安でしかない。いくら知識があっても、フィーは生まれて間もないひな鳥だもの。怪鳥ツァラという正体を知られれば、利用しようと有象無象の連中が寄って来るに違いない。
そんなことを、荷馬車の荷台に座り、フィーの髪をブラシで梳かしながら考えていた。
ア・ッカネン国に入ってから、クロードは火傷跡の化粧を施し、マスクで顔を隠すということをして人目を避けてきた。認識阻害の魔法をかけ続けることはできるけれど、それだと、魔法に敏感な人に魔法を使っていることを気づかれてしまう。余計な注目を集めるより、人が目を背けたくなるような変装の方がいい。
「どうしたの、セシル?」
いつの間にか、手が止まっていたらしい。フィーが振り向いて、わたしの顔を覗き込んでいた。
「どうしたら、皆が怪我をしないで済むかなぁ、って考えてたの」
「クロードのことが心配なんだね。アーカート王のスペア、つまり代わりってことだもんね。まともに考えれば、王が王位を存続できなくなったときの、次の王位継承者ってことになるけど。クロードの待遇を考えればそうじゃない。これは禁呪だけど、たとえば、クロードの体を王の意識が乗っ取って、新たな王として君臨するつもりかもしれない。そこまでいかなくても、体の一部………たとえば心臓を奪って、王に移植するっていう方法もある。これは僕の推測だけど、アーカート王は体が病に冒されていて、だから代わりの体が必要になったんじゃないかな?国中で薬草が品薄になっているのは、きっとアーカート王が体調を崩したせいだよ。きっと」
フィーの言い分に、納得している自分がいた。そして、フィーがこれほどのことを考えていたことに、感心している自分がいる。
「鍵は、アーカート王の健康にありそうだね」
フィーがにっこり微笑んだ。
「セシル、僕がアーカート王の健康を調べようか?」
フィーがなんでもないことのように言った。
「えっ!そんなことできるの?」
まさか、そんなことできるはずない。だって、王の健康と言えば、秘密事項。限られた人しか知らない、超重要事項だよ。
「僕はね、この国の獣達の王なんだ。だから、できるよ」
どういうこと?フィーが獣達の王?そんなことってある?
「ア・ッカネン国は、ヨナス山脈に遮られて、カー・ヴァイン国が船でやって来るまで他の地域との交流がなかなかできなかった。だから、独自の発展をしたんだ。土地の半分は荒野と砂漠で、作物を豊富に育てることもできない。その代わり、多くの魔石に恵まれ、魔法が発達した。動物も家畜も、魔物も、長い年月をかけてこの隔絶された土地に馴染んで行ったんだよ。そして、その最たるものが………僕だ」
フィーは、なんだか寂しそうな表情をしていた。
「怪鳥ツァラは、仲間を必要としない。家族を必要としない。ただ、その血を次代に繋ぐという本能のためだけに卵を産む。だけど、他の鳥のように卵が孵化するまで卵を温めることもしないし、孵化したあとも餌やりなんかしない。それは、卵として生まれ落ちた瞬間から働く生存本能のおかげで周囲の魔素を吸収するからだし、孵化した直後から捕食者として狩りをできる能力を備えているからだけど。僕は思うんだ。そんなの、自由じゃなくて、孤独だって。だからね、僕にはセシルがいてくれて幸せなんだ」
フィーはわたしに抱きつき、きつく抱き締めてきた。
「僕を見つけてくれてありがとう、セシル」
わたしも、フィーをきつく抱き締め返した。
「僕、気づいたんだ。ただ守ってもらうのは心地いいけど、それだけじゃだめだって。だから僕にもできることをやらせてね」




